| 訓読 |
沖辺(おきへ)行き辺(へ)を行き今や妹(いも)がため我(わ)が漁(すなど)れる藻臥束鮒(もふしつかぶな)
| 意味 |
沖に行ったり、岸辺に戻ったりして、今ようやくあなたのために捕まえた、藻の中の小さな鮒です。
| 鑑賞 |
題詞に「高安王(たかやすのおおきみ)が、包んだ鮒を娘子に贈った歌」とあります。高安王は、敏達天皇の孫である百済王の後裔。和銅6年(713年)に従五位下、養老元年(717年)従五位上。同3年伊予守として阿波、讃岐、土佐三国の按察使。同5年正五位下、神亀元年(724年)正五位上、同4年従四位下。同11年に大原真人の姓を賜わって臣籍降下しました。弟に風流侍従として知られる門部王・桜井王、娘に高田女王がいます。
「辺」は「沖」に対して陸に近い所で、「沖辺行き辺を行き」は、沖に行ったり岸辺に戻ったりして。「今や」の「や」は詠嘆で、たった今(捕れたてですよ)。鮮度と勢いを強調しています。「漁どれる」の「漁る」は、魚を捕ること。「藻臥束鮒(もふしつかぶな)」は、藻の中に潜むこぶしの幅の長さほどの小さな鮒のこと。岸の深い所から浅い所まで方々歩いて、ものすごく苦労して獲ったように言いながら、実はそれは束鮒のごときちっぽけな鮒であり、明るく楽しい歌になっています。斎藤茂吉も、「結句の造語がおもしろい」と言っています。もっとも、高安王自らが鮒を捕ったというわけではなく、家来が捕ってきたものを、いかにも自分が捕ったんだと、言葉を添えて贈ったものでしょう。

旧仮名の発音について
家を「いへ」、今日を「けふ」、泥鰌を「どぜう」などの旧仮名は、そのように表記するだけであって、発音は別だったと思われがちですが、近世以前にあっては、その文字通りに「いへ」「けふ」「どぜう」と発音していました。
ただし、その発音は、今の私たちが文字から認識するのと全く同一ではなく、たとえば「は行音」の「は・ひ・ふ・へ・ほ」は「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」に近かったとされます。だから、母は「ふぁふぁ」であり、人は「ふぃと」です。「あ・い・う・え・お」の5母音にしても、「い・え・お」に近い母音が3つあったといいます。
また、万葉仮名として当てられた漢字では、雪は由伎・由吉・遊吉などと書かれているのに対し、月は都紀・都奇などとなっており、同じ「き」なのに、月には「吉」が使われていません。そのように書き分けたのは、「き」の発音が異なっていたからだろうといわれています。
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『万葉集』の主な注釈書
(全歌掲載、単独著者による。成立の古い順)
『万葉拾穂抄』 ・・・ 北村季吟(1625~1705年)
『万葉代匠紀』 ・・・ 契 沖 (1640~1701年)
『万葉集略解』 ・・・ 橘 千蔭(1735~1808年)
『万葉集古義』 ・・・ 鹿持雅澄(1791~1858年)
『万葉集新考』 ・・・ 井上通泰(1867~1941年)
『万葉集全釈』 ・・・ 鴻巣盛広(1881~1941年)
『万葉集評釈』 ・・・ 窪田空穂(1877~1967年)
『万葉集全注釈』・・・ 武田祐吉(1886~1958年)
『評釈万葉集』 ・・・ 佐佐木信綱(1872~1963年)
『万葉集私注』 ・・・ 土屋文明(1890~1990年)
『万葉集注釈』 ・・・ 沢濱久孝(1890~1968年)
『万葉集釈注』 ・・・ 伊藤 博(1925~2003年)
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