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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-668・669

訓読

668
朝に日(け)に色づく山の白雲(しらくも)の思ひ過ぐべき君にあらなくに
669
あしひきの山橘(やまたちばな)の色に出でよ語らひ継(つ)ぎて逢ふこともあらむ

意味

〈668〉
 朝ごと日ごとに色づいていく山にかかる白雲のように、私の心から流れ去っていくようなあなたではないのに。
〈669〉
 山橘の紅い実のように、はっきりと気持ちを態度に出しなさい。そうすればやりとりを重ねていくうちに直接逢える機会もあるだろう。

鑑賞

 668は、厚見王(あつみのおほきみ)の歌。厚見王は系譜未詳・生没年未詳ながら、『続日本紀』に、天平勝宝元年に無位から従五位下を授けられ、天平宝字元年に従五位上を授けられたことが記されています。『万葉集』には短歌3首。

 「朝に日に」は、朝ごとに、日ごとに。「日」は、ヒが単数としての1日を表すのに対して、ケは複数の日々を指すと言われます。「色づく山」は、紅葉して色が美しく変わっていく山。「白雲の」は、白雲のように。上3句は、雲の動き去る意で続き、その「過ぐ」の意を転じることによって「思ひ過ぐ」を導く序詞としたもの。「思ひ過ぐ」は、思いが過ぎる、忘れる。「君」は、女より男をさしていう称で、まれにその反対の場合もありますが、男同士だと普通です。ここはそのいずれであるとも分かりません。「君にあらなくに」は、あなたというお方ではないのに。「あらなく」は「あらず」のク語法で名詞形。

 山にかかる白雲が風に流されていく様子は、一見すると風流ですが、ここでは時間の経過とともに消え去ってしまうものの象徴として使われています。それに対し厚見王は、「私の思いは、その雲のようにあなたのそばを通り過ぎて、消えてしまうような軽いものではない」と宣言しています。
窪田空穂は、序詞で山を心深く扱っているのは、その山に「君」という人の墓があるからではないか、と言っています。

 
669は、春日王(かすがのおおきみ)の歌。春日王は、志貴皇子の子、安貴王の父。養老7年(723年)従四位下、天平17年(745年)に散位正四位下で没しました。巻第3-243の作者の春日王とは同名異人です。この歌は、ある女に王が贈った歌で、女は王に心を許してはいるものの、身分の隔たりがあったためか気持ちをなかなか表面に表さないため、それを改めよと言っています。

 「あしひきの」は「山」の枕詞。「山橘」は、常緑低木のヤブコウジの古名。夏に咲く小さな白い花はまったく目立たないのですが、冬になると真っ赤な実をつけます。この実を食べた鳥によって、種子を遠くまで運んでもらいます。「山橘の色に出でよ」は、山橘の赤い実のことを言っており、「の」は、~のように。「色に出でよ」は、顔色や態度を表面に表せよ。「語らひ継ぎて」は、人の噂が伝わって、あるいは、誰かが互いの消息を伝えて、などと解釈するものもあります。「逢ふこともあらむ」の「あらむ」は推量で、逢うこともできるようになるだろう。当時の貴族社会では、噂は恐ろしいものでしたが、春日王は「むしろ語り草になるほどの仲になればいい」と言っています。二人の愛を既成事実として定着させることで、一時的なスキャンダルを「運命の絆」へと昇華させようとする、非常に強い意志を感じます。
 


平安時代に『万葉集』の解読作業が始まった理由

 平安時代になって平仮名が生まれ、日本の文学作品は平仮名を使って書かれるようになって発展したと言われています。そしてこの時代には、2世紀前に成立した『万葉集』は、すでに訓むことが困難になっていました。その解読の作業が始められたのは、村上天皇の勅命によってであり、第二の勅撰和歌集である『後撰和歌集』の撰者5人(大中臣能宣伝・清原元輔・源順・紀時文・坂上望城)が、後宮の昭陽舎(通称梨壺)において、新しい勅撰和歌集を撰進することと同時に命じられ、作業を進めることになったのです。その時になされた訓読の結果を「古点(こてん)」と呼びますが、そのまま現在に伝わっているわけではなく、「桂本」などの平安時代に書写された『万葉集』のなかに一部痕跡として残っているにすぎません。

 実は、この解読作業が始まったのは、村上天皇の女御であった広幡御息所(ひろはたのみやすどころ)という女性の発意によるとされます。当時の女性たちは漢字が読めなかった、あるいは読めてもそれを隠さなければならなかったという風潮がありました。ところが、『古今集』の序文において『万葉集』が重要な歌集として位置づけられたために、和歌を詠む人たちにとって『万葉集』をよむことが必須とされるようになりました。『枕草子』に「集は古万集。古今」とあることからも分かります。しかし、万葉仮名で書かれている『万葉集』は、漢字で書かれているも同様でしたから、漢字が読めない素振りをしなければならなかった女性たちは表立って鑑賞することができません。それは不都合、というわけで、とくに和歌を詠む女性たちのために始められたのが、この解読作業だったというのです。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。