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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-691~693

訓読

691
ももしきの大宮人(おほみやひと)は多かれど心に乗りて思ほゆる妹(いも)
692
うはへなき妹(いも)にもあるかもかくばかり人の心を尽(つく)さく思へば
693
かくのみし恋ひや渡(わた)らむ秋津野(あきづの)にたなびく雲の過ぐとはなしに

意味

〈691〉
 大宮に仕える女官はたくさんいるけれども、私の心に乗りかかってしっかり心惹かれる人は、あなたです。
〈692〉
 あなたは何て冷たい人であることか。私がこんなに心を尽くして思っていることを思うと。
〈693〉
 こんなふうに恋い続けるのだろうか。秋津野にたなびく雲がやがて消えていくようには、思いが消えるということもなく。

鑑賞

 691・692は、大伴家持が娘子に贈った歌。691の「ももしきの」は、原文「百礒城之」で、多くの礒(いし)のある城の讃詞として「大宮」にかかる枕詞。「大宮人」は、朝廷に仕える男女百官。ここでは女官の総称。「心に乗りて」は、まるで相手が心に覆いかぶさったように思われ、他の事を考えることができなくなる意で、類例の多い語。「思ほゆる」は「思う」+自発の助動詞「ゆ」。自然と(あなたのことが)思われてしまう、という意味。

 
692の「うはへなき」は、愛想のない、冷たい。「妹にもあるかも」の「も」「かも」は、詠嘆で、嘆いての語。「かくばかり」は、これほどまでに。「人の心を尽さく思へば」の「人」は、相手からつれなくされている存在としての自分を言っています。691の歌に対して、相手からの返事がなかったことの嘆きの歌のようです。相手は女官の一人だったとみられ、誰だか分かりませんが、あるいは後に家持の妾となって二人の子を産み、天平11年(739年)夏に亡くなった女性ではないかとも推測されます。

 
693は、大伴千室(おおとものちむろ)の歌。大伴千室は、天平勝宝6年(754年)に大伴家持邸での年賀の宴で歌を詠んでおり、そのとき左兵衛督(さひょうえのかみ:行幸の供奉などをつかさどる左兵衛府の長官)。『万葉集』には2首。「かくしのみ」は、こんなふうに。「恋ひや渡らむ」は、恋い続けるのだろうか。「秋津野」は、奈良県吉野町宮滝付近の秋津の野か。「たなびく雲の」は「過ぐ」を導くための比喩的な表現です。「過ぐとはなしに」の「過ぐ」は、思わなくなる、思いが消える。
 


娘子

 国文学者の藤原芳男氏は、自身の論文「万葉の郎女」の中で、「娘子」一般について言及し、『万葉集』において何娘子と呼ばれたものは概ね卑姓の人たちであり、持統5年8月の詔でその祖先の墓記を上進せしめられた18氏(大三輪・雀部・石上・藤原・石川・巨勢・膳部・春日・上毛野・大伴・紀伊・平群・羽田・阿倍・佐伯・采女・穂積・阿曇)の中には見当たらないことを指摘しています。上掲の大伴家持の歌に題された「娘子」は、おそらく一人の特定人物ですが、故意に姓氏を略したのは、一般の女性なみに扱われたのか、あるいは何か故あってのことだったのでしょうか。

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『万葉集』クイズ

 次の歌は、いずれも大伴家持と関わりのあった女性の歌です。それぞれの作者名を答えてください。

  1. 戯奴がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花そ食して肥えませ
  2. 陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
  3. 闇夜ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや
  4. 生きてあらば見まくも知らず何しかも死なむよ妹と夢に見えつる
  5. 思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死に返らまし
  6. 松の花花数にしも我が背子が思へらなくにもとな咲きつつ
  7. 月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも
  8. 相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づくがごと
  9. をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
  10. 水鳥の鴨の羽色の春山のおほつかなくも思ほゆるかも


【解答】 1.紀女郎 2.笠郎女 3.紀女郎 4.大伴坂上大嬢 5.笠郎女 6.平群女郎 7.大伴坂上郎女 8・笠郎女 9.中臣女郎 10.笠郎女

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。