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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-703~706

訓読

703
我(わ)が背子(せこ)を相(あひ)見しその日(ひ)今日(けふ)までに我(あ)が衣手(ころもで)は干(ふ)る時もなし
704
栲縄(たくなは)の長き命(いのち)を欲(ほ)りしくは絶えずて人を見まく欲(ほ)りこそ
705
はねかづら今する妹(いも)を夢(いめ)に見て心のうちに恋ひ渡るかも
706
はねかづら今する妹(いも)はなかりしをいづれの妹(いも)ぞそこばだ恋ひたる

意味

〈703〉
 あなたとお逢いした日以来、その日を思うにつけ涙があふれ、着物の袖が乾く間がありません。
〈704〉
 栲縄のように長く生きていたいと思うのは、いつまでもあの方のお顔を見ていたいからなのです。
〈705〉
 はねかづらを今や一人前に飾っているあなた、そんなあなたを夢に見て、心ひそかに恋続けています。
〈706〉
 はねかづらを飾る年頃の娘は、こちらにはいません。いったいどこの娘がそのようにあなたに恋して夢枕に立ったのでしょう。

鑑賞

 703・704は、巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそをとめ:伝未詳)が、伴家持に贈ったとされる歌。703の「相見し」は、互いに顔を合わせた、あるいは男女が共寝をした意。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。「衣手」は、袖のこと。和歌においては、涙で濡れる場所の代名詞として使われます。「干る時もなし」は、乾く時がない。絶え間なく涙を流している様子を表現しています。

 
704の「栲縄の」は、栲(こうぞ)で綯った縄で、意味で「長き」にかかる枕詞。「欲りしく」の「し」は過去の助動詞で、「く」を添えて名詞形としたもの。~したいと思うのは、の意。「絶えずて」は、途切れることなく、絶え間なく。「人」は、家持を指します。「見まく」は「見む」のク語法による名詞形で、すなわち逢うこと。「こそ」は強意で、下に「あれ」などが省略されています。

 
窪田空穂は、703について「恋の苦しさの訴えであるが、歌としては水準以下のものというべきである」、704について「前の歌の心を積極的にした訴えであるが、心の在り方を説明した程度のもので、この時代としてはむしろ拙いものである」と評しています。

 名門大伴家の御曹司である
家持は、その貴公子然とした風采から多くの女性を魅了したとみられ、十数人にものぼる女性から恋歌を贈られています。しかし、そのほとんどに返事の歌が見られず、あまりに多くの相手に付き合いきれなかったのか、あるいは、実際には返歌を贈ったものの意図的に載せなかったのか、そのあたりは不明とされています。ただ、ここの巫部麻蘇娘子に対しては珍しく、巻第8-1563で歌を返しています。

 
705大伴家持童女に贈った歌、706が童女が答えた歌。「童女」は、成年に達する前の娘。「はねかずら」は髪飾りとされ、物は残らず記録もないため詳細未詳ながら、成女の儀式(12歳~16歳)として髪に挿したものではないかとされます。「はね」は、つるが跳ねるように勢いがある様子、あるいはその美しい形状を指すといわれます。「今する」は、今まさに(身に)着けている。「恋ひ渡る」は、恋い続ける。「かも」は、詠嘆。家持は、実際に童女を目の前にして言っているのではなく、自分のことを思ってくれている人が夢に現れるという当時の夢解釈によって想像しています。「はねかづら今する」という表現には、夢の中での光景がいかに鮮明であったかが凝縮されています。

 
706の「いづれの妹ぞ」は、一体どこの、どなたなのですか。「そこば」は、そんなにもひどく。「恋ひたる」は、上の「ぞ」の係り結びで連体形。ただ、この返歌は、童女らしい正直な物言いとも言えますが、あまりにピタリと前歌の言葉に即応させた、しかも見事なはねつけ歌であるところから、両首とも家持が創作したのではないかとの見方があります。
 


万葉歌碑

 万葉歌碑は『万葉集』の歌を刻む碑(いしぶみ)であり、多くの人々に親しまれる万葉の歌を石に刻んでいます。これには、その歌を作った歌人を讃える意味が込められており、その歌が後世にも残ることを願ったものです。歌碑の数は、国内に約2000基あり、大勢の人々が訪れています。歴史的な場所、たとえば奈良の「山の辺の道」はじめ桜井市の古道には、柿本人麻呂、額田王など、名歌人たちの歌碑が60数基残されています。
 

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。