| 訓読 |
751
相(あひ)見ては幾日(いくか)も経(へ)ぬを幾許(ここだ)くも狂ひに狂ひ思ほゆるかも
752
かくばかり面影(おもかげ)にのみ思ほえばいかにかもせむ人目(ひとめ)繁(しげ)くて
753
相(あひ)見てはしましも恋はなぎむかと思へどいよよ恋ひまさりけり
754
夜(よ)のほどろ我(わ)が出(い)でて来れば我妹子(わぎもこ)が思へりしくし面影(おもかげ)に見ゆ
755
夜(よ)のほどろ出(い)でつつ来(く)らく度(たび)数多(まね)くなれば我(あ)が胸(むね)断ち焼くごとし
| 意味 |
〈751〉
逢瀬の日から幾日も経っていないのに、どうしてこれほど狂わんばかりに心が乱れるのだろうか。
〈752〉
このように、面影にばかり見えて嘆いているのをどうしたらいいのか、人目が繁くてなかなか逢えないというのに。
〈753〉
お逢いしたらしばらくの間は心が和むかと思ってみましたが、かえってますます恋しさが募ります。
〈754〉
夜がほのぼのと明けるころ、別れて私が出てくるとき、名残惜しそうにしていたあなたの姿が面影に見えてなりません。
〈755〉
夜が白み始めたころにお別れすることが度重なるにつれ、私の胸は名残惜しさに張り裂けそうです。
| 鑑賞 |
741~750に続き、大伴家持が、のちに正妻となる坂上大嬢に贈る歌15首のうちの5首。751の「幾日も経ぬを」は、幾日も経っていないのに。「幾許くも」は、こんなにも甚だしく。「狂ひに狂ひ」は、狂わんばかりに、物狂おしいまでに。このリフレインは、当時の歌としても極めて異例の表現です。「思ほゆるかも」は、思われることであるよ。逢えないがゆえに恋しく、相逢ったがゆえに心が募ってさらにも恋しいという、制御不能な恋心を歌っています。
752の「かくばかり」は、このように。「面影」は、目に浮かぶ人の姿。見ようと思って見るものではなく、向こうから勝手にやってきて仕方がないもの。「いかにかもせむ」の「かも」は疑問で、どうしたらいいのか。753の「しましく」は、しばらくの間は。「しばし」の古語で、「く」を添えて名詞形にしたもの。「なぎむ」は、なごむ。「いよよ」は、いよいよ、ますます。「まさりけり」の「けり」は、気づき・詠嘆の助動詞。前2首で、狂うほどの恋心と人目に阻まれるもどかしさを詠んだ家持が、この753では、逢えば解決するはずだという淡い期待が、見事に裏切られた衝撃を詠んでいます。
754の「夜のほどろ」の「ほどろ」は、ほどく・ほとばしるの「ほと」と同根で、緊密な状態が散じて緩むことを表す語。夜が明けようとしてまだ暗い、しかし刻一刻と朝が近づいている時間帯を指します。当時の貴族の通い婚の習慣では、男性は夜明け前に女性の家を去らねばなりませんでした。「思へりしく」は「思へりし」に「く」を添えて名詞形にしたもの。次の「し」は、過去の助動詞。755の「来らく」は「来」のク語法で名詞形。「度数多く」は、たび重なること。「我が胸断ち焼くごとし」は『遊仙窟』の一節、十娘の艶めかしい姿態を垣間見て心が乱れ身悶えせんばかりであることを訴えた語から引いています。
「坂上大嬢に贈る歌15首」の題詞にまとめられた歌群は、741~745、746~750、751~755の3群に構成されており、それらが「夢の逢い」「現(うつつ)の逢い」「逢って後の恋」を主題として作られているとされます。1群と3群に『遊仙窟』の表現をふまえることで、全体に物語的な色合いを添えられています。窪田空穂は、「この中国の小説を重んずるのは一般の風であったとみえるが、家持は、父旅人についで、ことにその念が深かったことと思える」と言っています。

ほどろ・ほどろに
ホドロとは、ほどく・ほとばしるの「ほと」と同根で、緊密な状態が散じて広がり緩むことを表す語である。万葉では「夜明け方」を意味する「夜(よ)のほどろ」という形で登場することが多い。夜の凝縮された闇が、次第に緩んで明るくなると考えていたからであろう。人間が通常活動する昼に対して、夜は人の活動が制限される神の世界であり、人間以外のものが跋扈する世界でもあった。人はそれゆえ不安定な状況に置かれ、成人した男女は寄り添うことで、安定を求めた。
ホドロは雪の降る様子にも使われている。泡のような雪がはらろはらりと降る様子の形容である。ぼたん雪が地上に落ちて泡が散じ広がるように降り積もる意になる。
ホドロと同様な意味の語に、ハダレやハダラがある。これは、現代語の「ほどける」が「はだける」に通じているのと同様に、オ段とア段の母音交替によるものと考えられる。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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