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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-770~774

訓読

770
人目(ひとめ)多み逢はなくのみぞ心さへ妹(いも)を忘れて我(あ)が思はなくに
771
偽(いつは)りも似つきてぞする現(うつ)しくもまこと我妹子(わぎもこ)我(わ)れに恋ひめや
772
夢(いめ)にだに見えむと我(あ)れはほどけども相(あひ)し思はねばうべ見えずあらむ
773
言(こと)問はぬ木すらあじさゐ諸弟(もろと)らが練(ね)りのむらとにあざむかえけり
774
百千(ものち)たび恋ふと言ふとも諸弟(もろと)らが練(ね)りのことばは我(あ)れは頼(たの)まじ

意味

〈770〉
 人目が多いから逢いに行けないだけです。あなたから心が離れたわけではないのです。
〈771〉
 嘘でも本当らしく言うものです。あなたは本心から私に恋焦がれているのだろうか、いやそうではない。
〈772〉
 せめて夢にでも見えてくれるだろうと、着物の紐をほどいて寝てみたけれど、私ほど思っていてくれないのだから、あなたの姿が見えないのはもっともです。
〈773〉
 物言わぬ木にさえ、紫陽花のように色の変わるものがある。そんな諸弟(もろと)の巧みな言葉にまんまとだまされてしまった。
〈774〉
 百度も千度もあなたが私に恋焦がれていると言っても、諸弟らが口にするようなうまい言葉は、もう二度と当てにしません。

鑑賞

 大伴家持が、恭仁京(くにのみやこ)から、奈良にいる坂上大嬢に贈った歌5首。大嬢が、時折は帰ってきてほしいと言ってきたことを踏まえる歌とされます。770の「人目多み」は、人目が多いので。「逢はなく」「思はなく」は、ともにク語法による名詞形。「心さへ」は、心までもが。「思はなくに」の「に」は詠嘆で、思っていないなんてことは決してありません。一言一言が重く、飾りのない直球の誠実さに満ちている歌です。

 
771の「偽りも似つきてぞする」は、偽りを言うにも似つかわしく言うものだ。巻第11-2572の「偽も似つきてぞする何時よりか見ぬ人恋ふに人の死せし」を模したものとされます。「現しく」は、正気で。「まこと」は「現しくも」を繰り返したもの。「恋ひめや」は反語で、恋いようか、恋いはしない。窪田空穂は、「巻十一の歌の、相手の見えすいた誇張を嘲ったのとはちがって、悪意をもってのものではない。事実、夫婦間にあっては、相信じ合った仲でないとこうしたことは言えないものである。相手を信じ、恋慕の限りない情を内に潜ましていっているものと思える」と述べています。

 
772の「夢にだに」は、せめて夢にだけでも。「ほどけども」は、じかに逢えなくともせめて夢にでも見えてほしいと願って下紐を解いたことを言っています。下紐が自然に解けるのは恋人に逢える前兆、または相手が自分を思ってくれているしるし、とする俗信に基づいており、家持は自身のひたむきな行動を強調しています。「うべ」は、なるほど、もっともだ。大嬢からの贈歌に、家持が夜の夢に見えないといって嘆いたものがあり、それに対して答えた歌らしくあります。

 
773の「言問はぬ」は、物を言わないところの。「あじさゐ」は、色が次々と変わることから、当時は心変わりや不誠実の象徴とされていました。「諸弟」は、二人の間を往復していた使者の名か。「練りのむらと」の「練り」は、次歌の「練りのことば」によると口上手の意か。「むらと」は、語義未詳。「あざむかえ」は、欺かれ。774の「百千たび」は、何百回、何千回という誇張された数字。「頼まじ」は、信用しない。773・774とも解釈の難しい歌ですが、家持は、うわべだけの美辞麗句で飾られた恋の言葉を徹底的に否定しており、私が信じるのは、飾りのない、あなた自身の真実の心だけだという、極限の信頼を裏返しに表現しているもののようです。
 
 773・774について、文学者の
木下正俊は、「歌意に不明な点があるが、戯笑的な口つきが認められ、巻第16の『石麻呂に我物申す』(3853)などと共に家持の性格の躁的一面が出ているようである」と述べています。なお、ここまでの大嬢との頻繁な相聞の合間には、家持と紀女郎(きのいらつめ)との、もっと深い関係を思わせるやり取りも挿まれており、これらの歌がもし時系列に載せられているものだとしたら、家持の恋愛事情もなかなかに複雑だったことが察せられます。
 


大伴家持の略年譜

718年 家持生まれる(在京)
724年 聖武天皇即位
728年 父の旅人が 大宰帥に
731年 父の旅人が死去(14歳)
738年 内舎人となる(21歳)
    橘諸兄との出会い
739年 妾と死別(22歳)
    坂上大嬢との出会い
741年 恭仁京の日々(24歳)
744年 安積親王が死去
745年 従五位下に叙せられる(28歳)
746年 越中守となる(29歳)
749年 従五位上に昇叙(32歳)
751年 少納言となる(34歳)
754年 兵部少輔を拝命(37歳)
755年 難波で防人を検校、防人歌を収集(38歳)
756年 聖武太上天皇が崩御
757年 橘諸兄が死去
    兵部大輔に昇進(40歳)
    橘奈良麻呂の乱
758年 因幡守となる(41歳)
    淳仁天皇即位
759年 万葉集巻末の歌を詠む(42歳)
764年 薩摩守となる(48歳)
    恵美押勝の乱
766年 称徳天皇が重祚
    道鏡が法王となる
767年 大宰少弐となる(50歳)
770年 道鏡が下野国に配流
    正五位下に昇叙(53歳)
771年 光仁天皇即位
    従四位下に昇叙(54歳)
774年 相模守となる(57歳)
776年 伊勢守となる(59歳)
777年 従四位上に昇叙(60歳)
778年 正四位下に昇叙(61歳)
780年 参議となり、右大弁を兼ねる(63歳)
781年 桓武天皇即位
    正四位上に昇叙(64歳)
    従三位に叙せられ公卿に列する
783年 中納言となる(66歳)
784年 持節征東将軍となる(67歳)
    長岡京遷都
785年 死去(68歳)

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