| 訓読 |
933
天地(あめつち)の 遠きがごとく 日月(ひつき)の 長きがごとく おしてる 難波(なには)の宮に わご大君(おほきみ) 国知らすらし 御食(みけ)つ国 日の御調(みつき)と 淡路(あはぢ)の 野島(のしま)の海人(あま)の 海(わた)の底 沖(おき)つ海石(いくり)に 鮑玉(あわびたま) さはに潜(かず)き出(で) 船(ふね)並(な)めて 仕へ奉(まつ)るし 尊(とうと)し見れば
934
朝なぎに梶(かぢ)の音(おと)聞こゆ御食(みけ)つ国(くに)野島(のしま)の海人(あま)の船にしあるらし
| 意味 |
〈933〉
天地が限りなく広がっているように、また日月が長久であるように、ここ難波の宮で、われらが大君はとこしえに国々をお治めになるらしい。その大君の御食料を献る国の日ごとの貢物として、淡路の野島の海人たちが、沖の深い岩礁に潜って鮑玉を数多く採り出しては、舟を並べてお仕えいるのは、見るとまことに貴い。
〈934〉
朝なぎに舟を漕ぐ櫓の音が聞こえてくる。あれは大君の御食料を献る、野島の海人が操る舟であるらしい。
| 鑑賞 |
神亀2年(725年)冬の10月、聖武天皇の難波の宮行幸に供奉していた山部赤人が作った歌。『続日本紀』によれば、10月10日(太陽暦では11月19日)出発とあります。
933の「天地の遠きがごとく」の「遠き」は、永遠の意。「日月の長きがごとく」と共に対句となって「国知らすらし」にかかります。「おしてる」は「難波」の枕詞。「国知らす」は、国をお治めになる。「御食つ国」は、海産物など、天皇の御謄の物を奉る国のことで、若狭国・近江国・和泉国・紀伊国・志摩国・淡路国などがそれと定められていました。たとえば若狭国は10日ごとに雑魚、節日ごとに雑鮮味物、志摩国は10日ごとに鮮鰒、さざえ、蒸鰒、節日ごとに雑鮮味物、淡路国は句料・節料として雑魚を納めることが規定されていました。「日に御調」は、その日の天皇への献上品、租税(租庸調の調)。「野島」は、淡路島北端の岬。「海の底」は「沖」の枕詞。「海石」は、海中にある岩礁。「鮑玉」は、真珠。ここでは、御謄の物としての鮑を尊んでこのように言っているようです。「さはに」は、多く。「仕へ奉るし」の「し」は、強意の副助詞。934の「朝なぎ」は、朝、陸風から海風に変わる時に起こる無風状態。
この歌の前に、同じ時に詠んだとみられる笠金村の歌(928~930)と車持千年の歌(931~932)があり、金村は難波を総括的に褒め、千年は住吉の浜を褒めているのに対し、赤人は、海産物が新鮮なうちに天皇のもとへ届けようと朝早くから漁をする海人の奉仕を、天皇の威徳と重ね合わせて詠んでいます。

御食つ国
御食つ国(みけつくに)の「御(み)」は美称、「食(け)」は食物のことで、古代日本において、天皇の日常の御膳や神事の供物となる豊かな食材(主に鮮魚、干物、塩、海藻など)を貢納する国という意味です。藤原京・平城京跡から出土する木簡や、後の『延喜式』主税寮の規定などにより、朝廷へ特産の食料を定期的に献上していた国々があったことが分かっています。主な「御食つ国」とその特産物(献上品)は下記の通りです。
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