| 訓読 |
1095
三諸(みもろ)つく三輪山(みわやま)見れば隠口(こもりく)の泊瀬(はつせ)の桧原(ひはら)思ほゆるかも
1096
いにしへのことは知らぬを我(わ)れ見ても久しくなりぬ天(あま)の香具山(かぐやま)
1097
我が背子(せこ)をこち巨勢山(こせやま)と人は言へど君も来まさず山の名にあらし
| 意味 |
〈1095〉
神を祀る奥深い三輪山の檜原を見ると、渓谷深く同じように繁っている初瀬の檜原を思い出す。
〈1096〉
昔のことは何も知らないが、天の香具山よ、私が見始めてからでも、ずいぶんと年月を経たものだ。
〈1097〉
私の夫をこちらに来させるという名の巨勢山、人はそう言うけれど、あなたは一向においでにならない。名前ばかりの山なのだろう。
| 鑑賞 |
作者未詳の「山を詠む」歌3首。1095の「三諸つく」は、神の降臨する場所を設けて神を祭る意で、「三輪山」に掛かる枕詞。三輪山は奈良県桜井市の南東にそびえる標高467mの山で、別に真穂御諸山(まほみもろやま)といいます。「隠口の」は「泊瀬」の枕詞。「こもりく」は、奥まった所の意とも、霊魂のこもる所の意とも言われます。「泊瀬」は、古代大和朝廷の聖地であり、葬送の地でもありました。天武天皇の時代に長谷寺が創建され、今なお信仰の地であり続けています。「桧(ひ)」は、ヒノキが略されたもので、もとは「火の木」の意味です。大昔の人がこの木をこすり合わせて火を起こしたことに由来します。日本特産の常緑樹で、山林の代表です。三輪山の東方に、巻向、泊瀬と桧原が続いていたといいます。「かも」は、詠嘆。
1096の「いにしへのこと」は、香具山についての神話や伝説。「知らぬを」の「を」は逆接の接続助詞で、知らないが、知らないけれども。「我れ見ても」は、私が(この山を)見始めてからも。「久しくなりぬ」は、長い時間が経ってしまった。「ぬ」は完了の助動詞で、実感を込めた表現です。「天の」は、神聖な山としての称。「香具山」は、大和平野の南部に横たわる大和三山の一つで、香具山に登ると、耳成山(みみなしやま)と畝傍山(うねびやま)が左右に見えます。香具山には天から降ってきたという伝説があり、三山の中で最も神聖視されました。
1097の「我が背子をこち」の「こち」は、こちらへという方向を示す語で、「巨勢山」を導く7音の同音反復式序詞。「巨勢山」は、奈良県御所市古瀬付近の山。「来す」の命令形「こせ」を、地名の「巨勢」に転じさせています。「来まさず」は敬語で、おいでにならない。「にあらし」は「~にあり(断定)」+「らし(推量)」の連用形が変化したもので、~であるらしい、~に違いない。女の立場での歌で、「名前が『こち越せ』と言っているのに、どうしてあなたは来ないの?」というロジックは、ただ泣いて待つのではなく、少し皮肉を交えて相手を責める知的で勝気な女性像を浮かび上がらせます。また「山の名にあらし」という突き放したような結びには、寂しさを笑いに変えるような明るい知性が感じられます。

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