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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1098・1099

訓読

1098
紀路(きぢ)にこそ妹山(いもやま)ありといへ玉櫛笥(たまくしげ)二上山(ふたかみやま)も妹(いも)こそありけれ
1099
片岡(かたをか)のこの向(むか)つ峰(を)に椎(しひ)蒔(ま)かば今年の夏の蔭(かげ)にならむか

意味

〈1098〉
 紀州には妹山という名高い山がある、という人の噂だが、大和の二上山にだって男山と女山が並んでいて、女山はあるのだ。
〈1099〉
 片岡の向かいの丘に椎の種を蒔いたなら、今年の夏には陰になるだろうか。

鑑賞

 1098は、「山を詠む」作者未詳歌。「紀路」は、大和から紀伊の国へ行く道。ここは、その紀伊の国へ入ったばかりの所。「妹山」は、古くは名のない山だったのが、紀の川の南岸の「背山」に向き合う山として名付けられたといいます。「ありといへ」の「いへ」は、上の「こそ」の係り結びで已然形。逆接(~だけれども)のニュアンスを含んでいます。「玉櫛笥」は、立派な櫛笥の蓋の意で、同音の「二上山」に掛かる枕詞。「二上山」は、大和国原の真西、奈良県と大阪府の境界をなす葛城連峰にある山で、標高517mの雄岳(おだけ)と標高474mの雌岳(めだけ)の二つの峰からなります。フタカミは元は二つの神の意で、「あめのふたかみ」と呼び、「天二上嶽」と書きます。古くから神の山としてあがめられていました。非業の死を遂げた大津皇子の墓があるのは雄岳です。「妹こそありけれ」の「妹」は「妹山」で、二上山の雌岳を指します。「ありけれ」の「けれ」は「こそ」の係り結びで、已然形。本当の主役はこちら(二上山)だと強く主張しているものです。

 
1099は「丘を詠む」作者未詳歌。「片岡」は、片方に裾長く傾斜した丘のこと、または奈良県王寺町から香芝市志都美地方にかけての地域ではないかとされます。「向つ峰」は、向かいの正面にある峰、目の前に見えている峰。「峰」は、丘の高い所。「椎蒔かば」は、椎の種を蒔いたら。「蔭にならむか」の「ならむか」は、推量「らむ」に疑問・反語の終助詞「か」がついた形で、陰になるだろうか(いや、ならない)。椎の木は、常緑樹で葉が茂り、良い木陰を作りますが、本来、春に撒いた椎の種がその年の夏に木陰を作るほどになるのは不可能であり、強い欲求と憧れからこのように歌ったようです。あるいは「椎蒔かば」は、恋の種を蒔くという寓意で、「蔭にならむか」は、恋愛の成就を意味しているかとも言われます。
 


背山と妹山

 万葉集時代の国境の山・真土山から約25キロほど西、和歌山県かつらぎ町を流れる紀の川の中流をはさんで両側に並ぶ二つの山です。北岸にあるのが標高168mの「背山」、南岸にあるのが標高124mの「妹山」です。「背山」の名は『日本書紀』にも見え、大化2年(646年)正月1日条の大化改新の詔に「紀伊の兄山」と記され、その地が畿内の南限と定められました。川に沿って旧南海道(現国道24号線)が通り、古くから旅人に親しまれたらしく、『万葉集』には、この地域を詠んだ歌が15首収められています。なお、妹山の所在については異説があり、背山にある2峯をいうとするものがあります。
 

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。