| 訓読 |
1100
巻向(まきむく)の穴師(あなし)の川ゆ行く水の絶ゆることなくまたかへり見む
1101
ぬばたまの夜さり来れば巻向(まきむく)の川音(かはと)高しも嵐(あらし)かも疾(と)き
| 意味 |
〈1100〉
巻向の穴師を流れ行く水がとぎれないように、自分もこれきりでなく、また見に来よう。
〈1101〉
暗闇の夜がやってくると、巻向川の川音が高くなった。嵐が来ているのだろうか。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から2首。1100の「巻向」は、奈良県桜井市北部の地。「穴師川」は、現在の巻向川の上流部。「痛足川」「痛背川」と表記する例もあり、それぞれ「ああ、足が痛い」「ああ、背中が痛い」の意から来ているようです。「川ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「行く水の」は流れる水のように。上3句は「絶ゆることなく」を導く譬喩式序詞。「かへり見む」の「む」は意志の助動詞で、振り返って見よう、再び訪れて見よう。単に視線を送るだけでなく、心に留める、再会を期する、という強い意志が含まれています。古来、川の流れは、多く「無常(はかなさ)」の象徴とされますが、この歌では逆に絶えることのない継続性の象徴として使われています。その自然の循環の力強さを借りて、自分の「また見たい」という情熱の不変性を裏付けています。
この歌を人麻呂作とみて、このころに穴師川のほとりに新たに通い始めた妻がおり、その妻に宛てた歌ではないかとする見方があります。光景への感動だけでは飽き足らない感があるのに加え、上3句が「絶ゆることなく」に譬喩として序詞の形になって続いているため、「かへり見む」の主格が明らかでない、などの理由によります。また、その妻とは、人麻呂が巻第1-42で「妹」と詠んだ、宮中の女官だった女性ではないか、と。
1101の「ぬばたまの」は、ぬばたま(ヒオウギ)の実が真っ黒なことから「夜」に掛かる枕詞。「夜さり来れば」の「さり来る」は、時が到来することの意。「巻向川」は、巻向山から三輪山の北を西流し、初瀬川にそそぐ川。「川音高しも」の「も」は感動を強める終助詞(または間投助詞)で、川の流れる音が高いことだなあ。「嵐かも疾き」」の「かも」は疑問で、嵐の風が激しいからだろうか。「嵐」は、ここは山から吹き下ろす激しい風(山風)。原文は「荒足」で、「荒」は、本来は始原的で霊力が強く発動している状態をあらわす言葉とされ、そういった意味がここにも感じ取られます。前歌(1100)が昼間、こちらは夜の歌で、巻向の山中に宿り、室内にあって夜更けに河の瀬の音の高さを想像している趣の歌です。
この歌について斎藤茂吉は、「無理なくありのままに歌われているが、無理がないといっても、『ぬばたまの夜さるくれば』が一段、『巻向の川音高しも』が一段、共に伸々とした調べであるが、結句の『嵐かも疾き』は、強く緊(し)まって、厳密とでもいうべき語句である」と言い、「人麿を彷彿せしむるものである」とも言っています。

「いろは歌」の作者
「いろは歌」は、「いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす」と読み、仮名47文字を重複させずにすべて使って作られた七五調の歌です。いつの時代の誰が作ったものは不明ですが、天才的才能の持ち主による作であることは間違いありません。そして、その作者は柿本人麻呂だとする説があります(他には空海や源高明とする説など)。
さらに「いろは歌」には、人麻呂の残した暗号が含まれている、とも。五七ではなく七文字ごとに区切って書き、区切りの最後の文字を読むと(下記の赤字)、「とか(が)なくてしす(咎無くて死す)」となり、さらに同じく五文字目を続けて読むと(下記の太字)、「ほをつのこめ(本を津の小女)」となるというのです。
「いろはにほへと ちりぬるをわか よたれそつねな らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし ゑひもせす」
それらをつなげてみると、「私は無実の罪で殺される。この本を津の妻へ届けてくれ」と解釈できるというのです。
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