| 訓読 |
琴(こと)取れば嘆き先立つけだしくも琴の下樋(したひ)に妻や隠(こも)れる
| 意味 |
琴を弾こうと手にすると、先ず嘆きが先に立つ。ひょっとして亡き妻が下樋の中にこもっているのであろうか。
| 鑑賞 |
題詞に「倭琴(やまとごと)を詠む」とある作者未詳歌で、歌の内容から、男やもめの歌とみられます。「琴取れば」は、琴を手に取って弾こうとすると、の意で、〜すれば必ず〜なるという確定条件。「けだしくも」は、もしかすると、ひょっとしたら。「下樋」は、表から見えない所の意で、琴の表板と裏板の間にある共鳴槽としての空洞部分。「妻や隠れる」は、妻が隠れているのだろうか。「や」は疑問の係助詞、「隠れる」が結びの連体形で、作者の心の揺れや切実な思いを強調しています。古代、物が空洞になっているところには霊魂がこもると信じられており、作者は、亡き妻が愛用していた琴を弾こうとする時に、それを感じたようです。
万葉学者の伊藤博は、「『嘆き』は単に悲嘆、哀傷の意ではあるまい。その心情をもこめつつ、音色にいたく引かれてしまう切実な感動をいうのであろう。格別に気高い音色をだす琴なのだが、妻との思い出がこもるので弾く前にいっそう感極まってしまうという心。つまりは、きわめて複雑微妙な形で琴をほめている」と説明しています。また、窪田空穂は、「心理が自然で、詠み方が甚だ老熟しており、老境の人の思われる作である。品が高く味わいのある歌である」と評しています。琴を持つのは上流階級の人に限られており、この歌の作者を、妻を亡くした大伴旅人と推定する見方もあるようです。また、「琴取れば嘆き先立つ」の語句は、後の歌人たちに好まれ、さまざまな変化が加えられながら、常套的な文学表現として受け継がれていきました。

倭琴
倭琴(やまとごと)は、雅楽の国風歌舞でもちいられる日本固有の絃楽器で、日本最古の楽器です。和(わごん)、東琴(あずまごと)とも言われます。六絃で、琴軋(ことさぎ)や指で弾いて演奏されます。現在日本でよく知られる箏は大陸からの渡来楽器が基となっており、倭琴とは起源や系統が異なります。 なお、和琴の起源は神代紀の「天沼琴」(あめのぬごと)であり、「天石窟(あめのいわや)前で天香弓六張をならべ弦を叩いて音を調べた」とあります。弥生時代から古墳時代にかけての遺跡からは、倭琴の祖形とみられる木製の琴や、琴を弾く埴輪が出土しています。
『源氏物語』では、古代中国の士君子の倫理性を担った琴に対して、日本伝来の遊楽を楽しむ倭琴が対比され、琴は礼楽中心の楽器、倭琴は自由な発想を持った楽器として描かれています。第35帖「若菜下」内の女楽の場面では、光源氏の最愛の妻、紫の上が倭琴を演奏しています。
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