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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1156~1160

訓読

1156
住吉(すみのえ)の遠里小野(とほさとをの)の真榛(まはり)もち摺(す)れる衣(ころも)の盛(さか)り過ぎゆく
1157
時つ風(かぜ)吹かまく知らず吾児(あご)の海の朝明(あさけ)の潮(しほ)に玉藻(たまも)刈りてな
1158
住吉(すみのえ)の沖つ白波(しらなみ)風吹けば来(き)寄する浜を見れば清(きよ)しも
1159
住吉(すみのえ)の岸の松が根うちさらし寄せ来る波の音のさやけさ
1160
難波潟(なにはがた)潮干(しほひ)に立ちて見わたせば淡路(あはぢ)の島に鶴(たづ)渡る見ゆ

意味

〈1156〉
 住吉の遠里小野の榛の木で染めた着物が、だんだん色あせてくる。
〈1157〉
 潮の満ちる風が吹いてくるかも知れないから、吾児の海の明け方の潮干のうちに藻を刈ろう。
〈1158〉
 住吉の沖の白波、風が吹くとその白波が寄せられてくる浜は、見れば見るほど清らかなことだ。
〈1159〉
 住吉の岸の松の根元を洗い、打ち寄せてくる波の音の、何とすがすがしいことか。
〈1160〉
 難波潟の潮の引いた海岸に立って見渡すと、淡路島に向かって飛んでゆく鶴が見える。

鑑賞

 「摂津にて作れる」作者未詳歌5首。1156の「遠里小野」は、住吉南方の地で、今は「遠里小野(おりおの)」という町名になっています。大阪の難読地名としてしばしば登場しますが、もとは「ハリノオヌ」や「ウリノ」「瓜生野(うりうの)」と呼ばれ、それが訛って「遠里小野」に変ったともいわれます。当時は風光明媚な場所として知られていました。「真榛」の「真」は、接頭語。「榛」は、カバノキ科の落葉高木ハンノキ。その実や皮は、古くから茶色や黒を染める染料として使われていました。「摺れる衣」は、ハンノキの染料で染めた衣。特に「摺る」という表現は、布に直接植物をこすりつけて染める素朴な技法を示唆します。

 
1157の「時つ風」は、時を定めて吹く風で、ここでは満潮に先立って吹く風。「吹かまく知らに」の「吹かまく」は「吹かむ」のク語法で、名詞形。吹くかもしれない。「吾児の海」は、1154にも出ましたが、所在未詳。「朝明」は、夜明け、朝。「玉藻刈りてな」の「な」は、誘う意。夜明け前の薄暗い「朝明」の海。しんと静まり返った水面に、いつ風が立つかという緊張感。そこで一心不乱に玉藻を刈る人々の姿。『万葉集』らしい、素朴で力強い写実性が光る一首です。

 
1158の「沖つ白波」は、沖合で砕けて白く見える波。「白」という色が、後の「清しも」という結びの効果を高めています。「来寄する」は、波がこちらに向かって寄せてくる動的な様子。「清しも」の「も」は、詠嘆の終助詞。青い海、白い波、光り輝く砂浜の色彩のコントラストが鮮やかで、それらが「風」という動的な要素によって混ざり合い、洗われていく様子が目に浮かびます。

 
1159の「松が根うちさらし」は、波が繰り返し打ち寄せることで、松の根元の土が削られ、根が白く露出している様子。「うち」は勢いよく事が行われる様子を添える接頭辞。「寄せ来る波の音」は、波が岸にぶつかり、あるいは砂を噛んで引いていく音。「さやけさ」は、原文「清羅」で、「清らに」と訓む(ニは読添え)ものもあります。

 
1160の「難波潟」は、現在の大阪湾。当時は広大な干潟が広がり、水鳥が集まる風光明媚な場所でした。「潮干に立ちて」は、潮が引いて現れた砂地(干潟)に立って。「渡る見ゆ」の「見ゆ」は、見える。渡って行くのが見える。動いている対象を捉えた、写実的な結びです。砂地の近景から遥か海の向こうの島(淡路島)の遠景に移動する視点の広がりが印象的な歌です。
 


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