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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1165~1169

訓読

1165
夕(ゆふ)なぎにあさりする鶴(たづ)潮(しほ)満てば沖波(おきなみ)高み己妻(おのづま)呼ばふ
1166
いにしへにありけむ人の求めつつ衣(きぬ)に摺(す)りけむ真野(まの)の榛原(はりはら)
1167
あさりすと礒(いそ)に我(わ)が見しなのりそをいづれの島の海人(あま)か刈るらむ
1168
今日(けふ)もかも沖つ玉藻(たまも)は白波(しらなみ)の八重(やへ)をるが上(うへ)に乱れてあるらむ
1169
近江(あふみ)の海(うみ)港(みなと)は八十(やそ)ちいづくにか君が舟(ふね)泊(は)て草結びけむ

意味

〈1165〉
 夕なぎ時に餌をあさっている鶴たちは、潮が満ちてくると沖の波が高くなるので、わが妻を呼んで鳴き立てている。
〈1166〉
 ここが、昔の人々が実を探し求めては、衣の染料にしていたという真野の榛原です。
〈1167〉
 刈り取ろうとして私が見つけたなのりそなのに、どこの島の海人が刈り取ってしまったのだろう。
〈1168〉
 今日もまた、沖の玉藻は、押し寄せる白波に幾重にも折れて乱れているのであろうか。
〈1169〉
 近江の海にはたくさんの港があるけれど、あなたはいったいどこに舟を泊めてお泊まりになったのでしょう。

鑑賞

 作者未詳の「覊旅(たび)にして作れる」歌5首。1165の「夕なぎ」は、夕方、海風と陸風が入れ替わる際に風が止まり、海面が鏡のように静まる現象。「あさりする」は、鳥が餌を探して食べている様子。「潮満てば沖波高み」の「高み」は「高し」のミ語法で、原因・理由を表します。潮が満ちてきて沖の波が高くなったので。「己妻呼ばふ」の「呼ばふ」は、何度も呼び続ける、呼び交わすという意味。急激な環境の変化(満潮)を前にして、真っ先にパートナーを気遣う鳥の姿に強い共感を覚えています。

 
1166の「いにしへにありけむ人」は、古の人を広く指したもの。目の前の風景を、自分一人のものとして見るのではなく、「かつてここにいた誰か」の記憶を重ね合わせています。その「誰か」について、かつてこの地を訪れて歌を詠んだ高市黒人夫妻のことを思い浮かべているのではないかとする見方もあります(巻第3-280・281)。「求めつつ衣に摺りけむ」の「摺り」は、植物の花や実、葉を直接布にこすりつけて染める「摺り染め」の技法を指します。万葉時代、榛(ハンノキ)は黒色や茶色の染料として重宝されました。「わざわざ探し求めてまで染めたのだろうか」という問いかけに、その場所への強い愛着が込められています。「真野」は、神戸市長田区の東尻池町、酉尻池町、真野町一帯。「榛原」は、ハンノキの生えている原。

 
1167の「あさり」は、ここは人のする漁の意で、ここでは旅人自身が食料を求めて磯を歩き回る様子を指しています。「なのりそ」は、海藻のホンダワラの古名。「な告りそ(人に告げるな)」を掛けて、他人には教えない女性に譬えています。旅先で出会って情を交わした女性でしょうか。「海人か刈るらむ」の「海人」は、見知らぬ他の男、「刈る」は、女と情を交わす、の寓意。「らむ」は、現在推量。つまり、他の男に取られてしまったと言って嘆いています。

 
1168の「今日もかも」の「かも」は疑問で、今日もまた前のように。「沖つ玉藻」は、沖の玉藻。「玉」は美称。旅先の海辺で親しんだ女性の譬えとする見方もあります。「白波の八重をる」の「八重」は、幾重にも重なって。「折る」は、波が海面に立っては崩れるさま。波が幾重にも重なり合って砕ける様子を、布を幾重にも折りたたむことに例えた譬喩で、波の激しさと規則的な造形美を同時に表現しています。「乱れてあるらむ」の「らむ」は、目の前にない光景を推測する助動詞。

 
1169の「近江の海」は、琵琶湖。「八十ち」は、具体的な数字ではなく、非常に多い意。「ち」は、数を数える助数詞。「草結びけむ」の「草結び」は、旅寝する意ですが、古代の旅人が道中の無事を祈ったり、再会を誓ったりするために、草の葉を結び合わせるという呪術的な習俗(草結び)をも意味します。「どこで草を結んだのだろうか」と想像することは、「あなたの旅がどうか無事でありますように」という祈りそのものです。
 


『万葉集』に見られる信仰・呪術

  • 言霊(ことだま)信仰
    『万葉集』を象徴する最も根底にある信仰で、「発した言葉はそのまま現実の事象として実現する」という考え方です。歌にみる表現としては、「言霊の幸(さき)はふ国」(言葉の霊力によって幸福がもたらされる国=日本)というフレーズが有名です。良い言葉を発すれば良いことが起き、不吉な言葉を口にすれば災いが降りかかると信じられていたため、言葉選びには極めて慎重でした。たとえば、 旅立つ人に対して「無事に帰る」というポジティブな言葉を歌に詠み込んで贈ることは、それ自体が強力な安全祈願のおまじないでした。
  • 恋のおまじない・兆し(占)
    万葉びとにとって、恋は命がけの関心事であり、相手の気持ちを知るため、あるいは自分を思ってくれているかを確認するために、身の回りの現象を占いやおまじないに結びつけていました。たとえば、「袖を振る」行為は、 単なる挨拶ではなく、「相手の魂を呼び寄せる・引き寄せる」という求愛の呪術的な意味を持っていて、人に見られないように袖を振る歌などが残されています。また、下紐の解け、すなわち 着物の内側の紐が自然と解けるのは、「愛する人が自分を強く想ってくれている兆し」とされました。占いとしては、夕方に道行く人の話し声(言葉の断片)を拾って吉凶を占う「夕占」や、歩く足音や足の運びで占う「足占」があり、恋の成就を占うのによく使われました。
  • 旅の安全を祈る呪術
    住み慣れた土地(土地の神の庇護下)を離れて旅に出ることは、当時は命がけの行為でした。そのため、旅路や留守宅では様々な防御の呪術が行われました。たとえば、草結びといって、旅の途中で草の葉を結び合わせることで、「自分の魂をその土地に留め置き、道中の安全を確保する」「無事に帰るための呪的な絆とする」というものがありました。また、着物の裾を結ぶなどして、自分の魂が身体から抜け出て(あるいは旅先で迷子になって)衰弱するのを防ぐおまじない(魂結び)などがありました。
  • 土地の神や自然への信仰
    山や海、川にはそれぞれ強力な神々(地主神・荒魂など)が宿っていると考えられていました。そのために行われた「国誉め(くにほめ)」は、支配者や旅人がその土地の景観を「素晴らしい、豊かな土地だ」と褒め称える歌を詠んで、土地の神を喜ばせ、その加護を得るための重要な儀礼的呪術でした。また、山を恐れ、鎮める行為として、険しい峠を越える際、手向け(たむけ)として幣(ぬさ=神に捧げる布や紙)を捧げ、山の神の怒りを鎮めようとしました。

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『万葉集』クイズ

『万葉集』の歌に見える次の語句の意味を答えてください。

  1. しかすがに
  2. 妹がり
  3. しくしく
  4. 打橋
  5. たづたづし
  6. けだし
  7. 奥つ城
  8. 妻問ひ
  9. をちこち
  10. ここだく


【解答】 1.しかしながら、そうはいうものの 2.妹(妻)の許 3.ひっきりなしに 4.板を渡して自由に架け外しできる簡単な橋 5.心細い、おぼつかない 6.ひょっとして、もしかすると 7.墓、墓所 8.求婚し結婚すること 9.遠く近く、あちらこちら 10.甚だしく

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