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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1170~1174

訓読

1170
楽浪(ささなみ)の連庫山(なみくらやま)に雲(くも)居(ゐ)れば雨ぞ降るちふ帰り来(こ)我(わ)が背(せ)
1171
大御船(おほみふね)泊(は)ててさもらふ高島(たかしま)の三尾(みを)の勝野(かつの)の渚(なぎさ)し思ほゆ
1172
いづくにか舟乗(ふなの)りしけむ高島の香取(かとり)の浦ゆ漕ぎ出来(でく)る舟
1173
飛騨人(ひだひと)の真木(まき)流すといふ丹生(にふ)の川(かは)言(こと)は通へど舟ぞ通はぬ
1174
霰(あられ)降り鹿島(かしま)の崎(さき)を波(なみ)高み過ぎてや行かむ恋しきものを

意味

〈1170〉
 楽浪の連庫山に雲がかかると雨が降るといいます。早く帰っていらっしゃい、あなた。
〈1171〉
 大君のお召しの船が泊まって風待ちをした、高島の三尾の勝野の渚が思いやられる。
〈1172〉
 どこから舟出してきたのだろう。高島の香取の浦を漕ぎ出してやってくるあの舟は。
〈1173〉
 飛騨の人が立派な材木を流すという丹生の川。両岸から声を掛け合うことはできるが、舟は往来できない。
〈1174〉
 鹿島の崎を、波が高いからといって見過ごして行くことはできない、どうしようもなく心惹かれているのに。

鑑賞

 作者未詳の「覊旅(たび)にして作れる」歌5首。1170の「楽浪」は、琵琶湖西南岸地方を言い、また近江国の古名でもあります。「楽浪の」は「滋賀」「大津」「長等」「比良」など近江各地の地名に冠して枕詞のように用いられ、ここの「連庫山」も同じです。ただし「連庫山」がどの山を指したのかは不明で、比良山や比叡山とする説があります。「降るちふ」の「ちふ」は「といふ」の転。「帰り来」は、早く帰っていらっしゃい、の意。作者は琵琶湖東岸に住んでいる女性で、夫は湖上で漁をする漁夫でしょうか。連庫山に雲がかかると雨になるという言い伝えがあったようで、あるいは湖岸に伝わる謡いものだったかもしれません。

 
1171の「大御船」は、天皇の乗る船を尊んでの称。この一語により、歌の背景に「行幸」という国家的・儀礼的な行事があることが分かります。天智天皇の大御船でしょうか。「さもらふ」は、待機する、風待ちをする。「高島」は、琵琶湖西北岸の滋賀県高島市。「三尾」は、同市の安曇川町三尾里。「勝野」は、同市勝野。「渚し思ほゆ」の「し」は、強意の副助詞。「思ほゆ」は、思われる。近江朝時代の歌で、天皇が、高島の三尾の勝野を目指しての船での遊覧があり、供奉できずに宮にとどまっている人が、思いやって作った歌とされます。

 
1172の「いづくにか」は、どこで・・・だろうか。「舟乗り」は、舟に乗って漕ぎ出すこと。「香取の浦」は、現在の高島市鹿ヶ瀬(しがせ)付近の古い呼称とされています。「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「漕ぎ出来る舟」の「出来る」は、こちらに向かって現れ、近づいてくる様子を指します。広々とした湖面に、一艘の舟が静かに、しかし着実に進んでくる視覚的な臨場感を演出しています。官人の旅の宴席の記録か、高市黒人の覊旅歌の強い影響を受けていると見られます。

1173の「飛騨人」は、飛騨国(岐阜県の北部)の人。古代、その地の人は庸調を免除され、飛騨の工匠(たくみ)と呼ばれて、建築や工作の技術者、木樵(きこり)として知られていました。「真木」は、ヒノキなどの良質の木材となる木。「丹生の川」は、所在未詳。「言は通へど」は、川幅が狭いので両岸から言葉を掛け合うことができること。「舟ぞ通はぬ」は、下流からここまで上ってくることができない、あるいは急流な上に上流からは木材が流れてくるので渡し舟が通わない意。覊旅の歌というより、丹生地方で謡われていた民謡のようであり、旅人が興味を持って採録したものかもしれません。

 
1174の「霰降り」は、その降る音がかしましいの意で「鹿島」に掛かる枕詞。「鹿島の崎」は、常陸国(茨城県)鹿島郡の南端にあり、国土開発の建御雷神(たけみかづちのかみ)を祀る鹿島神宮のある地。鹿島神宮は常陸一の宮として古来きこえた社であり、こんにちも広大な自然林の中に鬱蒼とした神域を保っています。「波高み」は、波が高いので。「過ぎてや行かむ」の「や」は、疑問。寄らずに通り過ぎて行くのだろうかと、遺憾に思う心。「恋しきものを」は、恋しいところであるのに。公務で東国に下り、鹿島の海を船で渡る時の歌で、上陸して鹿島の神に奉斎しようとしていたのに、荒い波のためにできないと言って嘆いています。
 


旅の歌に地名が詠まれるわけ

『誤読された万葉集』(古橋信孝:著)から抜粋引用~

 旅の歌にはいくつかの型があって、別れてきた妻や恋人を想う型、土地の風物を詠む型がほとんどだが、いずれにしても地名を詠み込んでいるものが多い。たとえば、次の人麻呂の歌もそうである。

 淡路の野島の崎の浜風に妹が結びし紐吹きかへす(巻第3-251)

 地名が詠み込まれていれば、場所が限定される。その土地を知っている読者にとっては、歌から浮かぶ像がいっそう鮮明になるといえる。しかし、大部分の読者はそんな場所を知らないはずだ。にもかかわらず、歌に地名を詠み込んでいるわけで、なんらかの効果をねらっていると考えられる。

 この歌は、「野島の崎の浜風に」と「紐吹きかへす」とのつながりが文法的におかしい。「吹きかへす」の主語は、普通に考えれば、「浜風」のはずである。「浜風は」となっていれば問題はない。しかし「浜風に」となっている。となれば、「吹きかえす」の主語を考えなければならなくなる。「何か」が紐を吹き返すのである。その「何か」とは何か。

 旅とは不安なものである。この不安感を、古代の人々は霊的なものに祈ることで解消しようとした。峠などの境界的な場所で幣(ぬさ)を捧げたように、祈る対象は土地の神々である。と考えてくると、「何か」は土地の神ではないかと思い至る。野島の崎の神が浜風によって紐を吹き返したのではないか。

 紐は旅立つ前に恋人か妻が無事を祈って結んでくれたものである。紐には霊的な力がある。自分の魂を守ろうとしたと考えればいい。魂がかんたんに離れないように強く結んでくれたと考えてもいい。驚くことを「たまげる」というが、たまげるは「魂消る」で、魂は特別なとき、離れてしまうことがあった。だからこそ恋人か妻が結んでくれたのである。したがってこの歌は、その紐が土地の神に感応した状態が詠まれていることになる。

 旅の歌に地名を詠みこむのは、本来、その土地の神を詠むことなのである。なぜかといえば、その土地を無事に通してもらうためだ。そのため、旅人は神に祈る。しかし、直接に神に祈っている歌は少ない。考えてみれば当然で、祈りはそのための呪文や祝詞(のりと)など、特別な言い方がある。とすれば、地名を詠みこむことで神を称えたのではないか。歌は文学、つまり言葉が美へ向かうものだから、地名を歌に詠むことは土地の神々を美として称えることになるのである。

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古典に親しむ

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