| 訓読 |
1175
足柄(あしがら)の箱根(はこね)飛び越え行く鶴(たづ)の羨(とも)しき見れば大和し思ほゆ
1176
夏麻(なつそ)引く海上潟(うなかみがた)の沖つ洲(す)に鳥はすだけど君は音(おと)もせず
1177
若狭(わかさ)なる三方(みかた)の海の浜(はま)清(きよ)みい往(ゆ)き還(かへ)らひ見れど飽かぬかも
1178
印南野(いなみの)は行き過ぎぬらし天伝(あまづた)ふ日笠(ひかさ)の浦に波立てり見ゆ [一云 飾磨江(しかまえ)は漕ぎ過ぎぬらし]
1179
家にして我れは恋ひむな印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)が上に照りし月夜(つくよ)を
| 意味 |
〈1175〉
足柄の箱根の山を飛び越えて行く鶴の、その羨ましいのを見ると、大和が恋しく思われる。
〈1176〉
海上潟の沖の砂州に鳥たちは群がって鳴き立てているけれど、あなたからは音沙汰もありません。
〈1177〉
若狭にある三方湖の浜は清らかで、行きも帰りも見るが、見飽きることがない。
〈1178〉
印南野はもう通り過ぎたようだ。はるか向こうの日笠の浦が波立っているのが見える。
〈1179〉
家に帰ってからも私は恋しく思い出すだろう、印南野で見た、浅茅の上に照っていた月の光を。
| 鑑賞 |
作者未詳の「覊旅(たび)にして作れる」歌5首。1175の「足柄」は、神奈川県と静岡県の県境にある足柄山や足柄峠付近の地。「箱根」は、足柄の地に属し、険阻で、難所とされました。当時は、険しい箱根山を迂回するため、その北側にある足柄峠越えの道が使われ、そこには「荒ぶる神が住む」といって恐れたといいます。「羨し」は、羨ましい。「大和し」の「し」は、強意の副助詞。「思ほゆ」は、恋しく思われる。
『万葉集』には、足柄・箱根の歌が17首収められており、峠の恐ろしい神を詠んだ歌や、行き倒れになって死んだ人を悼む長歌も残されています。この歌のように、旅の途上で、恋しい家の方へ飛んでいく鳥を見て羨む歌は類想の多いものです。作者は、おそらく鶴と反対方向の東国に下っていたのでしょう。当時は、旅と言っても官命を帯びたものが殆どでしたから、この歌もその折に詠まれたものでしょう。言葉の様子や未練から考えて、高い地位の役人ではなく、その随行者あたりの人かとされます。
1176の「夏麻引く」の「夏麻」は、網引をする時などに用いる網とする見方もありますが、夏の土用のころに畑から引き抜く麻であり、夏麻は「績(う)む(つむぐ)」ものであることから、同音で「海上潟」に掛かる枕詞。「海上潟」は、千葉県の地名。古代には、上総の国と下総の国とに海上郡がありました。「沖つ洲」は、沖にある洲。「つ」は、上代のみに用いられた古い連体格助詞。「すだけど」は、群がって鳴き立てているが。「音もせず」は、便りもない、訪れもない。海上潟に住み、男からの便り、訪れを待つ女の立場の謡い物かと言われます。
1177の「若狭なる」は、若狭にある。「三方の海」は、福井県にある三方五湖のうち、最も南にある淡水湖の三方湖とされます。「浜清み」の「清み」は「清し」のミ語法で、浜が清らかなので。「い往き還らひ」の「い」は、接頭語。「還らひ」は、「還る」の継続。行ったり来たりしながら。公務で若狭に下った京の人が、初めて三方五湖を見て詠んだ歌です。
1178の「印南野」は、兵庫県の明石市から加古川市にかけての東播磨地域。西国への交通の要所として栄えた場所であり、またここからが畿外とされていたので、この地を詠む都人の歌が多くあります。「行き過ぎぬらし」は、通り過ぎたようだ。「天伝ふ」は、空を伝いわたる意で「日」の枕詞。「日笠の浦」は、高砂市曾根町にある日笠山南の海岸ではないかとされます。「見ゆ」は、見える、目に入る。「飾磨江」は、姫路市飾磨川の河口付近の入江。公務で西方に赴いていた官人が、その帰途で、船が難波津に近づこうとする時の感と見られます。
1179の「家にして」は、わが家にあって、家に帰ったら。旅にあって思う家郷。「恋ひむな」の「な」は、強い詠嘆や自己への感動を表す助詞で、恋うことだろうよ。「印南野」は、播磨国(兵庫県)の広大な平原。『万葉集』では、旅人が行き交う寂寥感のある名所として多くの歌に詠まれています。「浅茅」は、低く生えている茅草。「月夜」は、月。大和の家に向かおうとして、印南野を離れる時に名残を惜しんだ歌でしょうか。

さやけし
サヤケシは、対象から感じられる静謐さの中にたたえられている霊的なもののざわめきを意味する。霊威あるもののざわめきは、一方では畏怖すべきものともなる。また一方では、畏怖する力の大きさから、その対象を讃えるものともなる。この二面性をもとことばがサヤケシである。
サヤケシの語源を、澄みきった冷たさを表す「冴(さ)ゆ」に求める説もあるが、異界の霊威あるもののざわめきを意味するサヤに、「露けし」や「のどけし」と同じように形容詞をつくる接尾語ケシがついた言葉と考えるべきであろう。サヤケシの霊威が際立っている状態を讃えるときに、くっきりとしている、明るくはっきりとしている、清明だという意味も生まれた。そのため「冴ゆ」とも重なる部分が多いのだと思われる。
サヤケシは、川や波音などから聴覚的に感得された清明さを讃美するときにも用いられた。また、川を見ることを契機とし、視覚的に霊威を讃美したサヤケシもある。サヤケシは、原文では「清」と表記されることが多いが、「清」は『万葉集』では「きよし」にもあてられる字でもあり、両者が重なりを持つことを示している。対象の清浄な状態そのものを示すのがキヨシ、そこから受けた主体の清明な情意・感覚を表すのがサヤケシとなる。両者は重なりつつも区別できよう。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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