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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1206~1210

訓読

1206
沖つ波(なみ)辺(へ)つ藻(も)巻き持ち寄せ来(く)とも君にまされる玉寄せめやも〈一に云ふ 沖つ波 辺波(へなみ)しくしく寄せ来(く)とも〉
1207
粟島(あはしま)に漕ぎ渡らむと思へども明石(あかし)の門波(となみ)いまだ騒(さわ)けり
1208
妹(いも)に恋ひ我(あ)が越え行けば背(せ)の山の妹に恋ひずてあるが羨(とも)しさ
1209
人ならば母の最愛子(まなご)ぞ麻(あさ)もよし紀(き)の川の辺(へ)の妹(いも)と背(せ)の山
1210
我妹子(わぎもこ)に我(わ)が恋ひ行けば羨(とも)しくも並び居(を)るかも妹(いも)と背(せ)の山

意味

〈1206〉
 沖の波が岸辺の藻を巻きこんで寄せて来ようとも、あなた以上にすばらしい玉の寄せることがありましょうか。(沖の波や岸辺の波がしきりに寄せて来ようとも)
〈1207〉
 粟島に漕ぎ渡ろうと思っているが、明石の海峡の波はまだ騒いでいる。
〈1208〉
 妻を恋しく思いつつ山を越えて行くが、背の山は、妹の山と並んで、恋い焦がれることもなく立っているのが羨ましい。
〈1209〉
 もし人であったなら、母の最愛の子である。紀の川のほとりに立っている妹と兄の山は。
〈1210〉
 妻のことを恋しい思いで旅路を行くと、羨ましくも一緒に並んでいる、妹の山と背の山は。

鑑賞

 作者未詳の「覊旅(たび)にして作れる」歌5首。1206はの「沖つ波」は、沖の波。「辺つ藻」は、海辺寄りに生えている藻。「巻き持ち」は、抱き込むようにして持って。「君にまされる」は、あなたよりも優れている、あなた以上に価値がある。「玉」は、まれに鰒玉がまじっていることがあるので、それを君の譬えにしたもの。「寄せめやも」の「や」は反語で、寄って来ようか、来はしない。「も」は、詠嘆。前の歌を受けて、沖へ去り行く男に歌いかけた歌。官人の旅中の宴席での、遊行女婦の作か。「一に云ふ」の「しくしく」は、しきりに。

 
1207の「粟島」は、明石周辺または淡路島の西にあった島とされますが、現在、それに該当する島は海上に見当たりません。「漕ぎ渡らむ」は、明石方面からの渡航。「明石の門波」は、明石海峡の波。潮待ちの舟の歌で、騒いでいる波は満潮の時に立つ波でしょう。西へ向かう舟は満潮の潮の流れに乗って航行しますが、海峡を横断する舟は波の鎮まるのを待つ必要がありました。波がなかなか静まらないのをもどかしく思っている歌です。

 
1208の「妹」は、京にいる妻。「越え行けば」は、紀伊から京への帰路と見えます。「恋ひずて」は、恋いずして。背の山は妹の山をすぐそばに見ているから恋い焦がれることもなくて、の意。「羨しさ」は、形容詞に「さ」が付いて名詞化したもの。当時、対になっている山は「背(夫・兄)」と「妹(妻・妹)」に見立てられることが多くありました。作者は自分が遠く離れた妻を想って苦しんでいる最中に、仲良く並んで立っている「背の山・妹山」に行き当たります。「お前たちはいいよな、いつも一緒で」という、旅人の独り言が聞こえてくるようです。

 
1209の「人ならば」は、妹と背の山に対する仮想。「母が最愛子」は、母の最愛の子。両親ではなく「母が」となっているのは、夫妻同居せず、子は母といるだけだったことが背景にあるとされます。「麻もよし」は、麻を紀伊の特産とするところから「紀」の枕詞。作者は妹の山と背の山を見て、夫婦ではなく、若い兄妹を連想しています。窪田空穂は、「親の子に対する歌は比較的少ないので、その意味で特色のあるものである。美しく明るく、奈良京の人の歌とみえる。愛する子どもをもっており、心に懸かっているところからの連想であろう」と言っています。あるいは、母に許されて可愛がられている若い夫婦にみなした表現とも。

 
1210の「我が恋ひ行けば」は、恋しく思ってそちらへ向かって行けば。「羨しくも」は、うらやましいことに。「も」は、感動的に強調する助詞。山が見えた瞬間に「うわあ、いいなあ」と声が漏れたような、素直で瑞々しい感動が伝わってきます。1208と全く同想の歌です。

 1208~1210の歌にある「背の山」と「妹(の山)」は、大和国から紀伊国へ向かう要路、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある2つの山で、紀の川を挟んで北岸に「背の山」、南岸に「妹の山」が並んでいます。川を堰き止めるような地形になっており、南海道を往来する人々の目標となる山でした。当時の行程では、飛鳥からここまで2日、奈良からは3日かかりましたから、ここを通る京の旅人の多くは、二つの山の名に、旅愁、妻恋しさを感じたようです。この地を詠んだ歌は『 万葉集』中14首あります。
 


万葉集ゆかりの地(和歌山県)

  • 妹と背の山
    「我妹子に我が恋ひ行けば羨しくも並び居るかも妹と背の山」(巻第7-1210)
    伊都郡かつらぎ町にある2つの山で、紀の川を挟んで北岸に「背の山(168m)」、南岸に「妹の山(124m)」が並んでいます。
  • 磐代(岩代)
    「磐代の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた還り見む」(巻第2-141)
    「家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」(巻第2-142)
    和歌山県日高郡岩代。熊野詣での際に初めて南紀の海岸線に達する地で、多くの旅人が旅の安全を祈り、結びの呪術をする習慣がありました。
  • 黒牛潟
    「黒牛潟潮干の浦を紅の玉裳裾ひき行くは誰が妻」(巻第9-1672)
    海南市にある黒江湾で、黒牛に似た大岩が干満とともに見え隠れしたための名といいます。
  • 玉津島
    「玉津島見れども飽かずいかにして包み持ち行かむ見ぬ人のため」(巻第7-1222)
    和歌の浦にあった小島で、現在は陸続きになっています。
  • 藤白のみ坂
    「藤白のみ坂を越ゆと白栲のわが衣手は濡れにけるかも」(巻第9-1675)
    今の和歌山県海南市藤白で、謀叛の疑いをかけられた有間皇子が追手によって絞殺された場所。「み坂」の「み」は、接頭語。
  • 真土山
    「あさもよし紀伊へ行く君が真土山越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね」(巻第9-1680)
    大和国と紀伊国の国境の山で、旅の難所として知られていました。
  • 若の浦
    「若の浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る」(巻第6-919)
    和歌山市和歌浦。現在観光地として知られる新和歌浦の東南にある旧和歌浦。

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