| 訓読 |
1215
玉津島(たまつしま)よく見ていませあをによし奈良なる人の待ち問(と)はばいかに
1216
潮(しほ)満(み)たばいかにせむとか海神(わたつみ)の神が手(て)渡る海人娘子(あまをとめ)ども
1217
玉津島(たまつしま)見てし良(よ)けくも我(わ)れはなし都に行きて恋ひまく思へば
| 意味 |
〈1215〉
玉津島の景色をよくご覧になっていらっしゃいませ。奈良のお家の方から様子を尋ねられたら、どうお答えになりますか。
〈1216〉
潮が満ちて来たらば、どうするつもりなのだろうか。海神の手の上で行動している海人の娘たちは。
〈1217〉
玉津島を見ても、よいことは私にはない。都に帰ったら、ここを恋しくなるだろうと思うと。
| 鑑賞 |
作者未詳の「覊旅(旅情を詠む)」歌3首。1215の「玉津島」は、和歌山市和歌浦、玉津島神社の背後の山。古代はこの一帯は海であり、神社のある奠供(てんぐ)山を中心として、その東の鏡山、妹背山はもとより、北方の雲蓋(うんがい)山、妙見山、船頭山なども、当時はすべて海上の島でした。「いませ」は「行く」の尊敬語「います」の命令形。「あをによし」は「奈良」の枕詞。「奈良なる人」は、京で旅人の帰りを待っている人。「待ち問はば」は、あなたを待ち受けて尋ねたら。土地の人(女性か)が旅行者に呼びかけているような歌です。
1216の「いかにせむとか」は、どうしようとするだろうか。「海神」は、海の神。海を見馴れていない都の人が、海人の娘たちが干潮時にの沖の岩礁で漁りをしているのを眺め、海の怖ろしさから岩礁を海神の手と見て、もし満潮となってきたならばどうするだろうと心配している歌です。なお、「海神が手渡る」の「手」は「戸」の誤字だとして、「海の神の海峡を渡る」と解する説もあります。「海神(わたつみ)」は、わた・つ・みの3語からなり、「わた」は渡る意で、古来、海の彼方は他界と考えられており、「つ」は「天つ空」と同様「の」、「み」は「祇(み)」で神霊を意味します。『万葉集』では「海の神」または「海」そのものの意味に使い分けられています。
1217の「玉津島」は、和歌山市和歌浦、玉津島神社の背後の山。「見てし」の「し」は、強意の副助詞。「良けく」は「良し」のク語法で名詞形。良いこと。「恋ひまく」は「恋ひむ」のク語法で名詞形。玉津島に恋い焦がれるだろうこと。その苦しみを思うとそれを見ても良いことは一つもない、という言い方で玉津島の風光の素晴らしさを褒めています。2首とも、その前にある1215の「玉津島よく見ていませ」という問いかけに歌い返したような歌です。
このあたりの歌は、神亀元年(724年)10月の聖武天皇の和歌の浦行幸に従駕した官人の歌と見られています。この時の行幸では、聖武天皇は13日間も滞在し、従駕した山部赤人は、和歌の浦の名歌を残しています(巻第6-917~919)。

わたつみ(海神・海若)
ワタ(海)+ツ(格助詞)+ミ(霊格を示す接尾語)で、『万葉集』では海の神、あるいは海そのものとして詠まれる。ウミ(海)が「近江の海」「伊勢の海」のように、「地名+ウミ」と表現されるのに対し、ワタツミには地名は冠されない。これはワタツミが、元来「海の神」をあらわす語であることを示していよう。
「わたつみの」は、オキ・オク(沖・奥)の枕詞でもある。これは海神が、遠く離れた沖の宮に居るとされたことによる。またワタツミのいる沖は「海界(うなさか)」と称されるように、異界とつながっていた。ワタツミは、「神代記」一書ではトヨタマビコのこととされ、その娘たちもトヨタマビメ、タマヨリビメと呼ばれているように、玉との結びつきが強い。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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