| 訓読 |
1232
大海(おほうみ)の波は畏(かしこ)ししかれども神を斎祀(まつ)りて舟出(ふなで)せばいかに
1233
娘子(をとめ)らが織(お)る機(はた)の上を真櫛(まぐし)もち掻上(かか)げ栲島(たくしま)波の間(ま)ゆ見ゆ
1234
潮(しほ)早み磯廻(いそみ)に居(を)れば潜(かづ)きする海人(あま)とや見らむ旅行く我(わ)れを
1235
波高しいかに楫(かぢ)取り水鳥(みづどり)の浮き寝やすべきなほや漕(こ)ぐべき
1236
夢(いめ)のみに継ぎてし見ゆる小竹島(しのしま)の磯(いそ)越す波のしくしく思ほゆ
| 意味 |
〈1232〉
大海の荒波に遭遇するのは恐ろしいけれど、海の神を祭って無事をお祈りをして舟出したらどうだろう。
〈1233〉
乙女たちが機を織るときに、立派な櫛で上糸をくしけずってたくしあげる、それを名とした栲島(たくしま)が波の間に見える。
〈1234〉
潮が速いので、磯辺にいると、人々は水に潜る海人と見るだろうか、この旅行く私を。
〈1235〉
波が高いな、どうしたらよいのだ船頭さん、しばらく水鳥のように波に身を任せて浮き寝をしようか、それとももっと漕ぎ続けようか。
〈1236〉
夢ばかりに続いて現れてくるあの人、小竹島の磯を越えてくる白い波が、しきりに思われます。
| 鑑賞 |
作者未詳の「覊旅(旅情を詠む)」歌5首。1232の「畏し」は、恐ろしい。単に怖いのではなく、神聖なもの、人間の力が及ばないものに対する敬意を含んだ言葉です。「神を斎祀りて」は、心身を清め、正式な儀礼をもって神を祀ること。「~せばいかに」は、~したらどうだろうか。船出に際し、船頭などに語りかけた言葉、あるいは、自分自身への、もしくは荒ぶる海への覚悟の問いかけです。
1233の「真櫛」の「真」は、接頭語。「掻上げ」は、カキアゲの縮まったもの。「娘子らが~掻上げ」までが、機(はた)にかけた織糸をすき上げ整える意の「たく」と同音で、「栲島」を導く序詞。「栲島」は所在未詳ながら、松江市の大根島であるとの説があります。大根島は、中海に浮かぶ小さな火山島です。「波の間ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞で、波間を通して。窪田空穂は、「航海中、遠く波間に見えてきた小さな可憐を島を、栲島だと知った乗船の人が、それの可憐なさまから、娘たちが機を織る時の『かかげたく』ことを連想して、その興味からこうした長序を設けたものと思われる。・・・作歌に熟した乗客の歌と思われる」と述べています。なお、「栲島」については、出雲国風土記の「蜛蝫嶋(たこしま)」の条に、古老の伝えとして、出雲郡の杵築(きづき)の岬にいた蜛蝫(蛸)を天の大鷲が捕らえてこの島へ持って来て留まった。それで「蜛蝫(たこ)島」というのであるが、今の人はこれを誤って栲島(たくしま)といっている、とあります。
1234の「潮早み」は、潮が速いので。「~み」は「~なので」という原因・理由を表すミ語法です。「磯廻」は、入江。「潜きする」は、水中に潜って魚介などをとること。カヅキの原文「入潮」は「潮ニ入ル」意の漢文的表記となっており、「潮」は海水、潮流の意味なので、「入潮」は海中に潜り入ることを意味します。一方、アサリスル(漁りする)と訓む説もあります。「海人とや見らむ」の「や」は疑問の係助詞で、「らむ」は結びの連体形。他人の目を気にする自意識が、この文法構造によって強調されています。「旅行く我れを」の表現には、自分はあくまで都会から来た旅人であるという少しの誇りを強調しつつも、幾何かの寂しさが同居しています。類想の多い歌です。
1235の「いかに」は、舵取り(船頭)にいかにせんと問いかけた言葉。「水鳥の」は「浮き寝」に掛かる比喩的枕詞。「浮き寝やすべき」の「浮き寝」は、水上に浮かんで寝ること。「や」は疑問の係助詞で、「すべき」が結びの連体形。「なほや漕ぐべき」の「なほ」は、さらに、もっと。「や」は疑問の係助詞で、「すべき」が結びの連体形。二重の係り結び(疑問)が使われており、心が激しく揺れ動く様子が表現されています。航路にあっても夜は上陸して寝るものでしたが、日が暮れて波高く、危険で岸に近づけなかったと見えます。こうした差し迫った状況下で、事の相談を歌でする例は多くあります。
1236の「夢のみに」は、夢ばかりに。「継ぎて見えつつ」の「つつ」は、反復の助詞。現実には到底会うことが叶わないという寂しさが浮き彫りになります。「小竹島」は所在不明で、愛知県の知多半島先端にある篠島とする説がありますが、続きの歌の配列から、近江の湖辺ではないかとされます。「磯越す波」は、岸の石を越えて寄せる波。「しくしく」は、しきりに。重なる意の動詞「しく」を二つ重ねてできた副詞。「思ほゆ」は、思われる。寄せては返す波の音が、そのまま自分の心に響く恋の鼓動のように感じられるという、万葉人特有の繊細な感性が窺えます。

覊旅歌
「覊旅歌」とは、旅中に触発された種々の感情を主題とする歌のこと。この語は『周礼』や『楚辞』などの漢籍にも見えますが、中国では詩の分類用語としてはおもに「行旅」の語を用いています。日本で「羈旅歌」の名称が最初に登場するのは『万葉集』で、旅先の自然の景観や家郷、家人への思いを述べた歌を主とし、有名な作品としては、巻第3の柿本人麻呂、高市黒人の羈旅歌8首などがあります。また巻第7、巻第12では部類名としても見えますが、雑歌や相聞などの主要な部立の下位分類名として用いられているにすぎず、いまだ独立の部立と意識されていなかったことが窺えます。『古今集』以降の勅撰集になると、多く羈旅、羈旅歌の部立が一巻を占めるようになりますが、その作風には、現実の旅の経験というより、歌枕のイメージに依存した観念的な詠みぶりも目立つようになります。
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古典に親しむ
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