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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1260~1263

訓読

1260
時ならぬ斑(まだら)の衣(ころも)着欲(きほ)しきか島(しま)の榛原(はりはら)時にあらねども
1261
山守(やまもり)の里(さと)へ通ひし山道(やまみち)ぞ茂(しげ)くなりける忘れけらしも
1262
あしひきの山椿(やまつばき)咲く八(や)つ峰(を)越え鹿(しし)待つ君が斎(いは)ひ妻(づま)かも
1263
暁(あかとき)と夜烏(よがらす)鳴けどこの岡の木末(こぬれ)の上はいまだ静けし

意味

〈1260〉
 時季外れの斑模様の衣だが、ぜひ着てみたいものだ。島の榛の林はまだ実をつける時期ではないけれども。
〈1261〉
 山守が里へと通っていた山道は、草が茂ってしまった。妻を忘れてしまったのだろうか。
〈1262〉
 山椿が咲く峰々を越えて鹿を狙っているあなた。その帰りの無事を祈って待つ身の妻なのですね、私は。
〈1263〉
 もう暁だと夜烏がしきりに鳴くが、この山の木々の梢は。いまだしんと静まりかえっている。

鑑賞

 「古歌集に出づ」とある「時に臨む」歌、すなわち、その時々に臨んで思いを述べた歌。1260の「時ならぬ」は、時季はずれの。第4・5句によると、まだ榛の木の実の時季には早い、の意。「斑の衣」は、濃淡の一様でない衣で、花汁で斑に摺った衣。「着欲しきか」の「か」は詠嘆の助詞で、着たいことだなあ。「島の榛原」は、奈良県明日香村島の庄にあった榛(ハンノキ)の原。「時にあらねども」は、まだ榛の実の熟する秋ではないが。相手の女がまだ婚期に達していないことの隠喩となっており、それでも我がものにしたいと言っている男の歌です。

 
1261の「山守」は、山を管理し、木材や狩猟の獲物を守る番人のことですが、ここでは愛する男を呼んでそう言っています。山を越えて通ってくるからでしょう。「茂くなりける」は、草木が生い茂り、道が塞がってしまうこと。通う人がいなくなったという客観的な事実を示します。「忘れけらしも」は、忘れてしまったらしいなあ。「けらし」は「ける(過去)」+「らし(推定)」で、確信に近い推量。「も」は、詠嘆。男が里にいる妻と疎遠になったため、その道に草木が茂ってしまったと言って恨んでいる歌で、単なる「道」の描写が、そのまま心の距離と時の経過を表現しています。

 
1262の「あしひきの」は「山」の枕詞。原文「足病之」で、足のひきつる病アシナヘを「あしひく」の名詞形でアシヒキとも言ったので、こう書いているもの。「山椿」は、山にある椿。「八つ峰」は、多くの峰。「鹿待つ」は、鹿を狩ろうとして待ち構える意。「斎ひ妻」は、夫の無事を祈って家で潔斎する妻の意。「かも」は、疑問的詠嘆。猟師の間で、猟の幸運を神に祈るために斎戒し妻との共寝を断つことが行われていて、危険が多く、また幸不幸も多い職業である狩猟であるがゆえに、こうした信仰が伴っていたとされます。一方では、「八つ峰越え鹿待つ君」は、浮気な男の譬えで、「斎ひ妻」を帰って来ない男をひたすら待つ女を譬えたものとする見方もあります。

 
1263の「暁」は、未明、夜明け前のまだ薄暗い時刻。「夜烏」は、ここは、カラスに似た声で鳴くの五位鷺(ゴイサギ)かともいわれます。五位鷺が夜行性の鳥であるのに対し、カラスが鳴き始めるのは、空が明るくなってからです。「木末」は、梢、木の枝の先。昨夜通って来た夫が、夜明け前に帰ろうとするのを、妻が、まだ早いからとて引き留めている心の歌とされますが、斎藤茂吉は次のように述べています。「烏等は、もう暁天(あかつき)になったと告げるけれども、あのように岡の森はまだ静かなのですから、も少しゆっくりしておいでなさい、という女言葉のようにも取れるし、あるいは男がまだ早いからも少しゆっくりしようということを女に向かって言ったものとも取れるし、あるいは男が女の許から帰る時の客観的光景を詠んだものとも取れる。いずれにしても、暁はやく二人がまだ一緒にいる時の情景で、こういうことをいっているその心持と、暁天の清潔とが相まって、快い一首を仕上げている」。

 また
窪田空穂は、「閨にあって時刻を鳥の鳴き声によって感じるというのは、上代にあっては普通のことであったが、『木末のうへはいまだ静けし』というのは、その家の実際に即したもので、小鳥のいかに多いかをも暗示している、味わいのある句である」と述べています。
 


『万葉集』以前の歌集

  • 『古歌集』または『古集』
    これら2つが同一のものか別のものかは定かではありませんが、『万葉集』巻第2・7・9・10・11の資料とされています。
  • 『柿本人麻呂歌集』
    人麻呂が2巻に編集したものとみられていますが、それらの中には明らかな別人の作や伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではありません。『万葉集』巻第2・3・7・9~14の資料とされています。
  • 『類聚歌林(るいじゅうかりん)』
    山上憶良が編集した全7巻と想定される歌集で、何らかの基準による分類がなされ、『日本書紀』『風土記』その他の文献を使って作歌事情などを考証しています。『万葉集』巻第1・2・9の資料となっています。
  • 『笠金村歌集』
    おおむね金村自身の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第2・3・6・9の資料となっています。
  • 『高橋虫麻呂歌集』
    おおむね虫麻呂の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第3・8・9の資料となっています。
  • 『田辺福麻呂歌集』
    おおむね福麻呂自身の歌とみられる歌集で、『万葉集』巻第6・9の資料となっています。

 なお、これらの歌集はいずれも散逸しており、現在の私たちが見ることはできません。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。