| 訓読 |
1268
子らが手を巻向山(まきむくやま)は常にあれど過ぎにし人に行き巻(ま)かめやも
1269
巻向の山辺(やまへ)響(とよ)みて行く水の水沫(みなわ)のごとし世の人(ひと)我(わ)れは
1270
こもりくの泊瀬(はつせ)の山に照る月は満ち欠けしけり人の常(つね)なき
1271
遠くありて雲居(くもゐ)に見ゆる妹(いも)が家に早く至らむ歩(あゆ)め黒駒(くろこま)
| 意味 |
〈1268〉
巻向山はいつも変わらずあそこにあるが、死んでしまった妻を訪ねていって手枕を交わし、彼女を巻くことができようか、もうできない。
〈1269〉
巻向山の麓を鳴り響かせて流れ行く水は、いくら激しくても、泡沫のように消えてあとかたもなくなってしまう。この世の我らも、すべてこんなふうになるのだ。
〈1270〉
あの泊瀬の山に照る月は、満ちたり欠けたりしている。人もまた不変ではない。
〈1271〉
遠くにあって雲の彼方にあるとも見える愛しい妻の家、あの家にに早く着きたい。しっかり歩め、黒駒よ。
| 鑑賞 |
1268・1269は『柿本人麻呂歌集』から2首。1268の「子らが手を」は、愛しい妻の手を巻く(枕にする)意から「巻向山」の枕詞。また結句に照応しているものです。「巻向」は、奈良県桜井市北部の地。巻向山は、三輪山の東北の斎槻が岳を最高峰とし、三輪山の北方の穴師の山を含む一帯の山の総称。「常にあれど」は、(山は)昔と変わらずそこにあるけれど。「過ぎにし人」は、死んでしまった妻。「行き巻かめやも」は、行ってその手を枕にすることができようか、できはしないの反語。「巻向」という地名を聞くだけで、作者は愛する人の腕枕を思い出してしまいます。山はずっと変わらぬ姿でそこに鎮座しているのに、その山の名が連想させる「腕を巻く」という行為の相手は、もうこの世にいません。地名がトリガーとなって、喪失感が鮮烈に蘇っています。
1269の「山辺」は、山の周辺。「響みて」は、音を轟かせて。「行く水」は、巻向山の麓を流れる痛足川(穴師川:あなしがわ)の水。「水沫」は、水面に浮く泡。すぐに消えてしまう「儚いもの」の代名詞であり、人の世の無常を水泡にたとえるのは仏説にもとづいています。「世の人我れは」は、世間の人々も、そしてこの私たち自身も。「我れは」の原文「吾等者」で、複数の我々の意。自分ひとりの悲しみを超えて、普遍的な真理として提示しています。亡き妻に思いを馳せつつ、人の命のはかなさを痛感して詠んだ連作で、古代文学研究者の橋本達雄は、巻第7-1118・1119と一連と考えられるとしています。
1270は、古歌集から、題詞に「物に寄せて思ひを発(おこ)す」とある歌。「こもりくの」は、奥まった所の意とも、霊魂のこもる所の意ともいわれ、「泊瀬」にかかる枕詞。「泊瀬の山」は、奈良県桜井市初瀬の山で、古くから亡き人の魂が集まる場所、あるいは現世と来世の境界のような聖地として意識されていました。「月」は、満ち欠けを繰り返すことから、死と再生、すなわち不老不死と結びつけられる一方で、常に形が変化するため、無常を示すものともされました。「常なき」は、仏典の漢語「無常」を和訓書きしたもの。連体形止めで余情をこめた表現になっています。自然界の繰り返される時間を目の当たりにすることで、かえって一度きりで終わってしまう人間の生の残酷さが浮き彫りになっています。窪田空穂は、「深い思い入れが引締った調べによって生かされていて、一種のさびた感のあるものとなっている」と評しています。
1271は『柿本人麻呂歌集』から1首。「行路」と題しており、「路を行く」と訓んで、妻の家に行く道の途中の思いを述べた歌と見えます。「雲居」は、雲のかかっているところ、雲。「雲居に見ゆる」は、雲がかかっているあたりに見える。写実的な実景というより、「早く至らむ」という、馬の歩みすらもどかしく思う心理からの表現とされます。「歩め黒駒」は、歩めよ黒駒よ、と乗馬に命じたもの。ただ歩くのではなく、全速力で進めという切迫した響きがあります。黒駒は、黒毛の馬。黒駒は力強く、逞しい名馬の象徴でもありました。
なお、巻第14-3441に、同じ『柿本人麻呂歌集』の歌として、「ま遠くの雲居に見ゆる妹が家にいつか至らむ歩め我が駒」があります。巻第14は東国の歌(東歌)を集めた巻であり、『人麻呂歌集』が東国の歌も収めているということなのか、あるいは同歌集の歌が東国にまで流布していたのかは分かりません。

『万葉集』クイズ
次の歌の作者は誰?
【解答】
1.春日蔵首老 2.柿本人麻呂 3.元明天皇 4.鏡王女 5.山部赤人 6.大伴坂上郎女 7.山上憶良 8.高橋虫麻呂 9.笠郎女 10.大津皇子
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