| 訓読 |
1291
この岡に草刈る童児(わらは)然(しか)な刈りそね ありつつも君が来(き)まさむ御馬草(みまくさ)にせむ
1292
江林(えばやし)に宿(やど)る猪鹿(しし)やも求むるによき 白栲(しろたへ)の袖(そで)巻き上げて獣(しし)待つ我(わ)が背
1293
霰(あられ)降り遠つ淡海(あふみ)の吾跡川楊(あとかはやなぎ) 刈れどもまたも生(お)ふといふ吾跡川楊
1294
朝づく日(ひ)向(むか)ひの山に月立てり見ゆ 遠妻(とほづま)を持ちたる人し見つつ偲(しの)はむ
| 意味 |
〈1291〉
この岡で草を刈っている童子(わらべ)よ。そんなふうに根こそぎ刈らないでおくれ。そのままにしておけば、あの方がいらっしゃった時に馬が食べるから。
〈1292〉
入江の林にひそむ猪や鹿は捕らえやすいというのですか。袖をたくし上げて勇ましく鹿を待っている我が夫よ。
〈1293〉
遠江の吾跡川の岸辺の柳よ、刈っても刈ってもまた生い茂るという吾跡川の柳よ。
〈1294〉
次第に朝になる向かいの山に新月が出ているのが見える。遠くに妻のある旅人は、その月を見ながら妻をしのんでいるのだろうか。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から旋頭歌(5・7・7・5・7・7)4首。1291の「この岡」は、作者が現に立っている岡。「童児」は、草刈りなどの雑役をする少年。「然な刈りそね」の「な~そね」は、懇願的な禁止。「ありつつも」は、ずっとそのままにしておいて。「君が来まさむ」は、あの方が、馬に乗ってこちらへお越しになるであろう。「御馬草」は、貴人の乗る馬に与える上質な飼い葉(草)。童児に草を刈らせているのは農耕儀礼の場として準備するためと見られ、そこに来訪する貴公子を待つ女の歌とされます。
1292の「江林」は、他に用例のない語ながら、入江に近い林、あるいは水辺の茂みの意とされます。「宿る猪鹿やも求むるによき」の「猪鹿」は、獲物としての猪(いのしし)や鹿。「宿る」は、ねぐらにする、棲みつく。「やも~よき」は「やも」+連体形の係り結びで、〜であろうか、いやちょうど良い(絶好だ)という反語的な強調。「白栲の」は、真っ白な布でできたの意で「袖」にかかる枕詞。猟師の妻が、猟をする夫の勇ましい姿を讃えている歌です。
1293の「霰降り」は、霰の降る音が「とほ」と聞こえる意で、「遠江」にかかる枕詞。「遠江」は、琵琶湖のある近江に対して、浜名湖のある遠い淡海の国の意で、現在の静岡県西部。「吾跡川」は、浜松市北区細江町の跡川か。「川楊」は、水辺に自生する落葉低木のカワヤナギ(ネコヤナギ)。「刈れどもまたも生ふ」は、刈り取られても、またすぐに芽を出して生えてくる。川原の石の間にも強靭な根を張る川楊の生命力の強さを褒めた歌です。また、そうした力強い再生能力を、障害にあえばあうほど強くなる恋心に譬えているとも言われます。
1294の「朝づく日」は、次第に朝になる日光。人がみな向かい見る意で「向かひ」にかかる枕詞。「向かひの山」は、前面の山。「月立てり見ゆ」は、月が現れたのが見える。「遠妻」は、遠方に住んでいる妻。「持ちたる人し」の「し」は、その人こそが、という強調。窪田空穂は、「実際に即していっているもので、真実味があるため、清新さをも感じさせるものである。遠妻をもっている人の多かった上代には、一般性をもった歌であったろう」と述べています。

旋頭歌
『万葉集』には62首の旋頭歌があり、うち35首が『柿本人麻呂歌集』に収められています。これらは作者未詳歌と考えられており、万葉の前期に属する歌とされます。旋頭歌の名称の由来は、上3句と下3句を同じ旋律に乗せて、あたかも頭(こうべ)を旋(めぐ)らすように繰り返すところからの命名とする説がありますが、はっきりしていません。その多くが、上3句と下3句とで詠み手の立場が異なる、あるいは、上3句である状況を大きく提示し、下3句で説明や解釈を加えるかたちになっています。
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ヤナギ
ヤナギ科の樹木の総称で、ふつうに指すのは落葉高木のシダレヤナギです。細長い枝がしなやかに垂れ下がり、春早く芽吹くので、生命力のあるめでたい木とされます。シダレヤナギに「柳」の字を使い、ネコヤナギのように上向かって立つヤナギには「楊」を用いて区別することもあります。なお、『万葉集』では様々な植物をカヅラ(髪飾り)にすることが詠まれていますが、なかでも、柳のカヅラを詠む例が圧倒的に多くなっています。その強い生命力にあやかってのことと見えます。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |