| 訓読 |
1308
大海(おほうみ)を候(さもら)ふ港(みなと)事(こと)しあらば何方(いづへ)ゆ君は我(わ)を率(ゐ)しのがむ
1309
風吹きて海は荒(あ)るとも明日(あす)と言はば久しくあるべし君がまにまに
1310
雲(くも)隠(がく)る小島(こしま)の神の畏(かしこ)けば目こそば隔(へだ)て心隔てや
| 意味 |
〈1308〉
大海の様子をうかがっている港で、もし何か事が起こったら、どちらへあなたは私を連れていって凌いでくれるのでしょうか。
〈1309〉
風が吹いて海は荒れていますが、船出を明日に延ばしましようなどと言ったら、今度はいつになるやも知れません。あなたの意のままにお任せします。
〈1310〉
雲に隠れている小島の神が恐ろしいので、お逢いするのを差し控えていますが、心の方は決して離れていません。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「海に寄せる」歌3首。1308の「大海」は、本によっては「大船」とあります。「候ふ」は、海の様子を窺う、船出するために風や波の静まるのを待つ意。「事しあらば」の「事」は事件で、「し」は強意の副助詞。もし暴風などの危険な事が起こったら、重大な事態が起きたなら、の意。「何方ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞で、どこを通って、どちらの方へ。「我を率しのがむ」は、私を連れて行ってその変事を凌ぐのだろうか。女が、「大海を候ふ港」を逢引の場所に譬え、「二人のことで何か事が起こっても、私のためにそれを乗り越えてくれますか」と、相手の男に自信のほどを尋ねている歌です。荒波の危険にさらされるような恋愛の航海にあっては、女は男の梶取り如何に任せるほかはないからです。
1309の「風吹きて海は荒るとも」は、親や世間の風当たりが強いことを譬えています。「海は荒るとも」の原文「海荒」で、「海こそ荒るれ」と訓むものもあります。「明日と言はば」は、もし明日まで待とうと言うならば。「久しくあるべし」は、あまりに長く感じられるに違いない。「べし」は強い推量・確信。「君のまにまに」は、あなたの思うままに、あなたに従って。二人の恋愛を妨げる障害が大きいけれど、明日までは待てない、今日、あなたの意志に従います、という女の決意を歌っています。前の歌との連作とされます。
1310の「雲隠る小島の神」は、雲に覆われ、神秘的な力を持つとされる島の神。「小島の神」は「海に寄する歌」というので、海上の神のことか。女を監視する母親、または男の背後にいる正妻を譬えています。あるいは高貴な相手のことか。「畏けば」は、恐れ多いので。「目こそ隔て」は、逢うことは控えているが、の意。「こそ」+「隔つ」の已然形「隔て」による係り結びになっています。「心隔てや」の「や」は反語で、心を隔てようか隔てはしない。男の歌とも女の歌とも取れます。

『柿本人麻呂歌集』について
『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。
この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。
ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。
文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。

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