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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1353~1356

訓読

1353
石上(いそのかみ)布留(ふる)の早稲田(わさだ)を秀(ひ)でずとも縄だに延(は)へよ守りつつ居らむ
1354
白菅(しらすげ)の真野(まの)の榛原(はりはら)心ゆも思はぬ我(わ)れし衣(ころも)に摺(す)りつ
1355
真木柱(まきばしら)作る杣人(そまびと)いささめに仮廬(かりいほ)のためと作りけめやも
1356
向(むか)つ峰(を)に立てる桃(もも)の木(き)成(な)らめやと人ぞささやく汝(な)が心ゆめ

意味

〈1353〉
 石上の布留の里にある稲の田を、まだ穂は出ていなくても、せめて標縄だけでも張って囲んでおけ。そうしたら私が大きくなるまで大事に番をしていよう。
〈1354〉
 真野の榛原のことなど心にも思ったことがない私なのに、その榛で衣に摺って染めてしまいました。
〈1355〉
 真木の柱を作る木こりは、一時しのぎの仮小屋を作るためと思ってその柱を作ったりするだろうか、そんなはずはない。
〈1356〉
 向こうの高所に立っている桃の木は、実などなるものかと人がささやく。決して油断などしてはならないぞ。

鑑賞

 作者未詳歌4首。1353は「稲に寄する」歌で、まだ年ごろにならない娘を養育する親が、男に贈った歌です。「石上」は、今の奈良県天理市の石上神社のあたりから西の一帯。「布留」は、石上神社周辺で今の布留町。「早稲田」は、早稲の稲を作っている田。山地では発育が遅れるために早稲を作っていました。その神聖な場所で獲れる早稲は、特に大切に扱われるべきものを象徴しており、ここは幼い娘の譬喩。「秀でずとも」は、穂に出さずともの意で、娘がまだ幼く、婚期に達していない譬喩。「縄だに延へよ」の「縄」は、占有を示す標縄。「だに」は、~だけでも。「延へよ」は、(縄を)張ってくれという命令形。「守りつつ居らむ」の「守る」は、稲が熟すまで番をする意。「む」は、意志の助動詞。男に対し、わが妻となるべき者だということだけでも明らかにしてほしいという、親心を歌っています。

 1354~1356は「木に寄する」歌。
1354は、心を寄せてもいない男と契ってしまったことを悔やんでいる女の歌。「白菅の」は、白菅の生えている意で「真野」にかかる枕詞。「真野」は、神戸市長田区真野町。「榛原」は、榛の林で、ここまで男の喩え。「心ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。心から、心の奥から。「我れし」の「し」は、強意の副助詞。「衣に摺り」は、男の求婚に応じたことの譬喩。一方でこの歌を、浮気な心で女と契った男の述懐とする見方もありますが、「衣に摺る」のは女の作業であるので、ここは女の歌としています。

 
1355の「真木柱」は、檜の柱で、家の中心となる立派な柱。「杣人」は、その仕上げをしている木こりで、ここは作者自身(男)の喩え。「いささめに」は、いいかげんに、かりそめに。「仮廬」は、仮小屋、一時しのぎの仮の宿。「作りけめやも」の「けめ」は過去推量、「やも」は反語で、作っただろうか、作りはしない。女に対し正式に結婚を申し込んだ男の歌で、いい加減な気持ちで口説いたのではない、しっかりした夫婦生活をしたいと思って求婚したのだ、と訴えています。一方で、しっかりとした相手を選べと娘に言い聞かせた親の歌と見るものもあります。

 
1356の「向つ峰」は、向かいの丘。「立てる桃の木」は、実のなる意で、恋が成就することの譬え。「成らめや」の「や」は、反語。「人ぞささやく」の「ぞ」は、係助詞。「ささやく」は原文「耳言為」で、こっそり耳打ちする、ひそかに言いかける。「汝が心ゆめ」は、あなたの心を決して。下に「油断してはならない、尻込みしてはならない」などの意の語が省略されています。二人の仲が成就するはずなどないと人がひそかに言うのを聞き、男が女に対して用心せよと警告している歌です。なお、当時の桃は、現代のように品種改良された甘い果実とは違い、実は小ぶりで酸っぱかったといいます。もっぱら種が、新陳代謝を促し、血行をよくする漢方薬の一種として珍重され、信濃国では桃園で収穫した種を宮内省に納入し、宮中でも栽培されていました。
 


石上神宮

 日本最古の神社の一つである石上神社の創始は明らかではありませんが、神武天皇が東征のとき賊を平定したという布都御魂(ふつのみたま:霊剣)を御神体として、布留山(標高266m)を背に鎮座しています。大和朝廷の武器庫でもあり、武門の棟梁たる物部氏が管理にあたりました。

 「石上」は、神宮付近から西方一帯にかけてを広く称し、「布留」は神宮周辺の地名です。御神体の「布都」が転じたとも、刀剣を「振る」に由来するともいわれます。万葉人は「布留」の語感に神聖さと親しみを抱いていたらしく、甘美な恋の歌が多くあります。
 

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古典に親しむ

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