本文へスキップ

巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1363~1367

訓読

1363
春日野(かすがの)に咲きたる萩(はぎ)は片枝(かたえだ)はいまだ含(ふふ)めり言(こと)な絶えそね
1364
見まく欲(ほ)り恋ひつつ待ちし秋萩(あきはぎ)は花のみ咲きて成(な)らずかもあらむ
1365
我妹子(わぎもこ)が屋前(やど)の秋萩(あきはぎ)花よりは実になりてこそ恋ひまさりけれ
1366
明日香川(あすかがは)七瀬(ななせ)の淀(よど)に住む鳥も心あれこそ波(なみ)立てざらめ
1367
三国山(みくにやま)木末(こぬれ)に住まふむささびの鳥待つごとく我(わ)れ待ち痩(や)せむ

意味

〈1363〉
 春日野に咲いている萩の花は、片一方の枝はまだ蕾のままです。ですから便りは欠かさないで下さい。
〈1364〉
 見たい見たいと待ち続けていた秋萩は、花だけ咲いて実にはならないのだろうか。
〈1365〉
 愛しいあの子の庭の秋萩は、花の頃よりは、実になってからの方がいっそう恋心がつのって仕方がない。
〈1366〉
 明日香川の数多くの瀬ごとに棲む鳥は、思いやりがあるからこそ、波を立てるようなことはしないのだろう。
〈1367〉
 三国山の梢に棲んでいるむささびが鳥を待つように、私はあの人を待ち続けて痩せてしまうでしょう。

鑑賞

 作者未詳歌5首。1363~1365は「花に寄する歌」。1363の「春日野」は、奈良市東方、春日山の麓の一帯。「萩」は、娘の譬え。「片枝はいまだ含めり」は、両方あるうちの片方の枝が蕾で開き切っていない。娘が幼くて未だ婚期に達していない譬え。「片枝」とあるのは、姉妹のうちの妹を意味するか。「言な絶えそね」の「な~そね」は、願望的な禁止。許婚のいる男が娘の親に対し、花(娘)の状態を知らせる便りを絶やさないでほしいという気持ちを詠んだ歌、あるいは未婚の娘を持つ母親が男に詠み遣った歌とされます。

 
1364の「見まく欲り」の「見まく」は「見む」のク語法で名詞形。「欲り」は、願望の意の「欲る」の連用形。見たいと思って。「秋萩」は、女の喩え。「成らずかもあらむ」の「かも」は疑問で、実を結ばないのだろうか。「成る」は、結婚の成立の譬え。いつまでも恋愛状態のままで、あるいは婚約だけはしても、結婚できないのかと不安に思っている男の歌です。前の歌で「片枝はいまだ含めり言な絶えそね」と歌いかけられた男が、その片枝も「花のみ咲きて成らずかもあらむ」と歌い返したようでもあります。

 
1365の「屋前」は、家の敷地、庭先。「秋萩」は、結婚した妻の喩え。「花」は結婚前、「実」は結婚後の譬え。「恋ひまさりけれ」の「けれ」は、今そのことに気づいたという詠嘆の助動詞「けり」の已然形で、「こそ」の係り結び。華やかに感じられた結婚前の時代よりも、結婚してから地味になった今のほうがずっと恋しいとのろけています。結婚できるかできないか不安に思っていた前の歌の続きのようであり、あの時はなぜあんな心配をしていたのだろう、と言わぬばかりです。

 
1366は「鳥に寄する」歌。「明日香川」は、明日香地方を流れ、大和川に合流する川。「七瀬」は、多くの瀬の意。「淀」は、流れが止まり、深く静まった場所。明日香川は、流れが速くなったり、急に淀んだりと、変化の激しい川として知られます。「心あれこそ」の「こそ」は強調の係助詞で、心(思慮)があるからこそ。「波立てざらめ」の「め」は、推量の助動詞「む」の已然形で「こそ」の結び。波を立てずにいるのだろう。この結句の後に「だから、私たちも心して波を立てないでいよう」、つまり「口やかましい世間の噂に惑わされないようにしよう」という言葉が暗示されています。若い男女がお互いに戒め合った歌とされます。

 
1367は「獣に寄する」歌。「三国山」は、所在未詳。福井県三国町の山かともいわれますが、三つの国の国境が集中している山の名であり、各地にあります。「木末」は、木の先端、梢。「むささび」は、リス科の小動物。手足の間に皮膜が発達し、これを広げて木から木へと滑空します。「鳥待つごとく」とあり、むささびは鳥を捕らえて食べる動物ではないのですが、そのように見たものと見えます。高い場所で息を潜め、凝視し続けるムササビの姿は、極度の集中と忍耐の象徴となっています。第4句までが第5句の譬喩となっており、疎遠にしている男を待つ女心の歌です。
 


係り結び

 文中に「ぞ・なむ・や・か・こそ」など、特定の係助詞が上にあるとき、文末の語が終止形以外の活用形になる約束ごと。係り結びは、内容を強調したり疑問や反語をあらわしたりするときに用いられます。

  • 「ぞ」「なむ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は連体形( 例:~となむいひける)
  • 「や」「か」・・・疑問・反語の係助詞
     ⇒ 文末は連体形( 例:~やある)
  • 「こそ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は已然形(例:~とこそ聞こえけれ)

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。