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巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1383~1387

訓読

1383
嘆きせば人知りぬべみ山川(やまかは)のたぎつ心を塞(せ)かへてあるかも
1384
水隠(みごも)りに息(いき)づきあまり早川(はやかは)の瀬には立つとも人に言はめやも
1385
真鉋(まがな)持ち弓削(ゆげ)の川原(かはら)の埋(うも)れ木(ぎ)のあらはるましじきことにあらなくに
1386
大船(おほふね)に真楫(まかぢ)しじ貫(ぬ)き漕(こ)ぎ出(い)なば沖は深けむ潮(しほ)は干(ひ)ぬとも
1387
伏越(ふしこえ)ゆ行かましものをまもらふにうち濡(ぬ)らさえぬ波 数(よ)まずして

意味

〈1383〉
 ため息をついたら人に知られそうなので、山川の流れのような激しい恋心を懸命にせき止めていることよ。
〈1384〉
 水に潜っていて苦しくて息をつき、その勢いが早川の瀬となって現れようとも、決して他人に口外などしようものか。
〈1385〉
 弓削の川原に埋もれている木が、姿を見せないままでいられるわけではないのだが。
〈1386〉
 大船に多くの櫂を取りつけて漕ぎ出せば、沖は底が深いだろう、たとい潮が干ようとも。
〈1387〉
 伏越を通ってさっさと行ってしまえばよかったのに、波の様子をうかがっているうちに着物を濡らされてしまった。波の間合いが計れずに。

鑑賞

 作者未詳歌5首。1383~1384は「河に寄する」歌。1383の「嘆きせば」は、嘆いてため息をついたら。古来、ため息は内側の思いが漏れ出る危険な行為と考えられていました。「人知りぬべみ」は、人が知るであろうから。「山川」は、山の間を流れる急流。「たぎつ心」の「たぎつ(激つ)」は水が激しく飛び散り、逆巻いて流れる様子。自分の激しい情熱の比喩です。「塞かへ」は「塞き敢へ」の約で、強いて塞き止めること。世間を憚り、激しい恋心を人に察せられまいと努めていることを、「山川」に寄せて歌っています。

 
1384の「水隠り」は、水の中に隠れること。転じて、心の中に秘めて表に出さないことの比喩です。「息づきあまり」は、息をついてその勢いが余って。「早川の瀬には立つとも」の「早川の瀬」は水しぶきが上がり、水底が露出するほど激しい場所で、「立つとも」は、現れようとも、で、秘密にしていた恋が表に立つことを意味します。「人に言はめやも」の「やも」は、反語。このことを他人に言うようなことがあろうか、言いはしない。たとえ噂が広まって「あの二人は怪しい」と世間に騒ぎ立てられたとしても、自分の口からは絶対に認めない。愛する人の名を明かしたり、二人の秘密を語ったりはしないという決意を歌っています。契りを交わした男女は、一定の間は親に対しても秘密にする必要があり、そうでないと無事に結婚できなかったといいます。

 
1385は「埋(うも)れ木に寄する」歌。「埋れ木」は、水中の泥に埋没した木。「真鉋」の「真」は美称で、工具のかんな。今のかんなとは異なり台木がなく、槍のようで柄が付いているものでした。「真鉋持ち」は、かんなで弓を削る意で「弓削」にかかる枕詞。「弓削の川原」は、現在の大阪府八尾市の西を流れる長瀬川の川原。「埋れ木」は、ここでは世間に知られずにいる二人の関係に譬えています。「ましじき」は、打消しの推量の助動詞「ましじ」の連体形で、するはずがない、の意。「ことあらなくに」の「なく」は、打消の助動詞「ぬ」のク語法で名詞形。~というわけではないのに。

 1386・1387は「海に寄する」歌。
1386の「大船に真楫しじ貫き」は、大船に左右の艪をたくさん取り付けて。「大船」は頼りがいのある存在、あるいは二人の関係の安定感の比喩であり、十分の準備と覚悟をもって結婚した意を寓しています。「沖は深けむ」は、沖は底が深いだろう。深い思いで結ばれた二人の仲は変わることはないだろう、の意を寓しています。「深け」は、形容詞「深し」の未然形。「潮は干ぬとも」は、潮が引いてしまったとしても。たとい世間でどういうことがあっても、の意を寓しています。結婚間もない頃、夫が妻に対して自分の将来の真実を誓った歌です。

 
1387の「伏越ゆ」の「伏越」は語義未詳ながら、伏して越えなければならないほどの難所の意とする見方があります。「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。~を通って。世間の障害を巧みに避けて通ることの比喩とされます。「行かましものを」は、行ってしまえばよかったのに(実際はそうしなかった)。後悔の気持ちが含まれる反実仮想的な表現です。「まもらふ」の原文「間守」で、ここは波と波の間合いを窺う意。「波数まずして」は、波の数(タイミングや間隔)を数え間違えて。その注意を十分にせずに、の意。男が女のもとへ行くに際し、用心していたのに見つかってしまい、はじめから人目につかない所を通るのだったと後悔している歌です。
 


『万葉集』クイズ

 次の歌はいずれも大伴家持の歌です。それぞれの歌のの中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。

  1. 秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどの〇〇〇〇咲きにけるかも
  2. ももしきの大宮人は多かれど〇〇〇に乗りて思ほゆる妹
  3. 〇〇〇〇〇今する妹を夢に見て心のうちに恋ひ渡るかも
  4. 忘れ草我が下紐に付けたれど〇〇の醜草言にしありけり
  5. 〇〇の逢ひは苦しかりけりおどろきて掻き探れども手にも触れねば
  6. 一重のみ妹が結ばむ帯をすら〇〇結ぶべく我が身はなりぬ
  7. 我が恋は〇〇〇の石を七ばかり首に懸けむも神のまにまに
  8. 〇〇〇〇の先つ年より今年まで恋ふれどなぞも妹に逢ひかたき
  9. 珠洲の海に〇〇〇〇〇して漕ぎ来れば長浜の浦に月照りにけり
  10. 〇〇〇火の光に見ゆるわが縵さ百合の花の笑まはしきかも


【解答】 1.なでしこ 2.こころ(心) 3.はねかづら 4.しこ(醜) 5.いめ(夢) 6.みへ(三重) 7.ちびき(千引) 8.をととし 9.あさびらき(朝開き) 10.あぶら

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