本文へスキップ

巻第7(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第7-1414~1417

訓読

1414
薦枕(こもまくら)相枕(あひま)きし子もあらばこそ夜(よ)の更(ふ)くらくも我(わ)が惜しみせめ
1415
玉梓(たまづさ)の妹(いも)は玉かもあしひきの清き山辺(やまへ)に撒(ま)けば散りぬる
1416
玉梓(たまづさ)の妹(いも)は花かもあしひきのこの山蔭(やまかげ)に撒(ま)けば失(う)せぬる
1417
名児(なご)の海を朝 漕(こ)ぎ来れば海中(わたなか)に鹿子(かこ)ぞ鳴くなるあはれその水手(かこ)

意味

〈1414〉
 薦枕で一緒に寝た妻が生きていたなら、いくら夜が更けていっても惜しみはしないだろうに。
〈1415〉
 愛しいあ
の妻は玉だからなのか、この清々しい山辺に撒いたら、散ってなくなってしまうのは。
〈1416〉
 愛しいあの妻は花だったのか、この山陰に撒いたら幻のように消えてしまうのは。
〈1417〉
 朝、名児の海を漕いでやってきたら、海のまっただ中で鹿の鳴き声がする。あの愛らしい鹿よ。

鑑賞

 作者未詳歌4首。1414~1416は「挽歌」。1414の「薦枕」は、薦で作った枕。「相枕きし子」は、共寝をして、互いに腕や枕を交わし合った妻の意。「枕く」は、枕にする意の動詞。「あらばこそ」は、生きているのならば。「夜の更くらく」の「更くらく」は「更くる」のク語法で名詞形。「我が惜しみせめ」は、私は(夜が明けるのを)惜しんだりもするだろうに。「せめ」は、サ変動詞「す」の未然形 + 推量の助動詞「む」の已然形で、上の「こそ」の係り結び。「あの子が生きていてくれてこそ、夜が更けるのを惜しみもするだろうに(実際にはいないので、惜しむことさえできない)」という、強い仮定と裏腹の絶望を表しています。

 
1415の「玉梓の」は「妹」の枕詞。ふつうは手紙を運ぶ「使ひ」にかかりますが、ここでは「恋文(たまずさ)」を贈る相手である「妹」にかけたとみられます。「妹は玉かも」は、遺骨となった妻を玉に譬えたもの。「あしひきの」は「山」の枕詞。「山辺に撒けば」は、山のほとりに散骨すると、の意。「散りぬる」は、跡形もなく散ってしまった。作者は亡き妻を、単なる人間ではなく玉(宝石・真珠)そのものだったのではないかと回想しており、それは彼女の魂の清らかさや、かけがえのない価値を象徴しています。本来、宝石は撒いても形が残るはずのものですが、妻という玉は、山の清らかな空気の中に撒かれた瞬間、まるで光の粒子や花の飛沫のように、さらさらと散って消えてしまいました。この、硬質な宝石が、一瞬で形を失うというイメージの飛躍が、死の不可逆性と、あまりにも儚い命の終わりを鮮烈に際立たせています。

 
1416は「或る本の歌に曰く」とある歌。妻の遺骨を、前歌では「玉」に見立てていましたが、この歌では「花」に見立てています。「玉」が妻の高貴さ・不変の価値を強調していたのに対し、こちらの「花」は彼女の美しさと、その命の短さを強調しています。焼かれ砕けた骨片は、大小さまざまの白い花や花びらに見立てられるにふさわしいと言えます。

 
1417は、巻第7の巻末にある「羈旅の歌」で、追補された歌とみられます。「名児の海」は、大阪市住吉区にある住吉神社の北方の海。「海中に」は、海の上(沖合)で。「鹿子ぞ鳴くなる」の「鹿子」は、鹿の愛称。係助詞「ぞ」による強調表現になっています。「あはれその水手」は、ああ、その水手よ。「鹿子」から連想される「水手(かこ)」を哀れんでいます。航海中に亡くなった水夫を水葬したか、あるいは無人島に遺骸を遺棄してきた船人の歌とする見方がある一方、岸近くを漕いでいる船の中にいて、岸でなく鹿の声を聞いた感の歌とするものもあります。
 


挽歌について

 死は人間が避けることのできない事象の一つであり、古来、身近な人の死や敬愛する人の死、そして、やがて訪れる自らの死を、どのように捉え克服していくのかが、文学に託された一つの課題であったといえます。平安時代から現代に至るまでの、日本人の死葬儀礼や死生観に深く結びついてきたのは主に仏教ですが、仏教が伝わる以前の上代には、わが国独自の古い死生観に基づく儀礼がとり行われ、それらを反映する神話や歴史叙述、歌謡や和歌が記されました。

 『万葉集』にも、人の死に関わる歌が多く収載されています。『万葉集』は、雑歌・相聞・挽歌という三大部立を基本構造として持ち、人の死に関わる歌は主に「挽歌」の部に収められています。つまり『万葉集』における「挽歌」は、天皇や宮廷に関わる公的儀礼歌である「雑歌」や、恋の歌である「相聞」と並ぶ重要な位置を占めていたのです。ここから、当時の人々が死や死葬文化をいかに重要視していたかが分かります。ただ、平安期以降の勅撰和歌集では、人の死に関わる歌は哀傷(または哀傷歌)の部に収められ、挽歌という部立名は使われなくなりました。従って、挽歌は多くの和歌集のうち『万葉集』だけにしか見えない呼称となっています。

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。