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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1424~1427

訓読

1424
春の野にすみれ採(つ)みにと来(こ)しわれぞ野をなつかしみ一夜(ひとよ)寝(ね)にける
1425
あしひきの山桜花(やまさくらばな)日(ひ)並(なら)べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも

1426
わが背子(せこ)に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば
1427
明日(あす)よりは春菜(はるな)摘まむと標(し)めし野に昨日(きのふ)も今日(けふ)も雪は降りつつ

意味

〈1424〉
 春の野にすみれを摘もうとやって来たが、野の美しさに心惹かれ、一晩過ごしてしまったよ。
〈1425〉
 山桜が何日も続けてこのように美しく咲いているのなら、こうもひどく恋しい思いはしないのだが。
〈1426〉
 あなたに見せようと思った梅の花なのに、それとも見分けがつかない、雪が降っているので・・・。
〈1427〉
 明日から春の若菜を摘もうとしめなわを結っておいた野に、昨日も今日も雪が降り続いている。

鑑賞

 山部赤人の歌4首。1424の「春の野にすみれ採みにと」は、春先に行われる民間行事だった若菜摘み(野遊び)のことを言っています。「すみれ」は、大工の用具である墨入れの約で、花の形が似ていることに由来します。「野をなつかしみ」の「なつかしみ」は「なつかし」のミ語法で、野の美しさに心を惹かれて。「寝にける」の「ける」は、上の「ぞ」の係り結び。古来、すみれの花は摘み取るとすぐに萎れてしまうことから、花の生命が摘み取った人の魂に移ると考えられていました。また染料としても使われていたらしく、そのすみれ摘みにやって来た赤人は、その可憐な花姿を見ているうちに心惹かれ、そこで野宿してしまったよ、と歌っています。ただ、下の句は、「恋人(野)の美しさに思わず添い寝をしてしまった」との寓意があると見る向きもあります。

 作家の
田辺聖子はこの歌を評し、「ここには王朝歌人の気むずかしい美学はなく、といって後期の家持の歌の繊細さとも質のちがう、『男のやさしさ』のようなものがある」といっています。人口に膾炙した歌であったらしく、『古今集』仮名序には、高く評価される赤人の代表作として、この歌が挙げられています。また、『源氏物語』にも「野をなつかしみ明かしつべき夜を」「野をむつまじみ」のように引歌されています。

 
1425の「あしひきの」は「山桜花」の枕詞。「日並べて」は、日数を重ねて。「かく」は、このように。「いたく」は、ひどく、甚だしく。原文「甚」で、イト、イタモ、ハダなどとも訓まれます。「恋ひめやも」の「や」は、反語。「も」は、詠嘆。桜の盛りの短さを思い、強い憧れの気持ちを寄せている歌です。いずれの歌も、自然に対して人間同士の情愛にも似た態度で接しており、詩人の大岡信は、「赤人の歌は、現在眼前にある世界だけで充足している気持ちを歌うのではなく、むしろ不充足感と背中合わせの心理状態で眼前の対象に向き合っているところがあり、それが彼の歌に一種の心優しい奥行きのようなものを生んでいる」と評しています。

 
1426の「わが背子」という表現は、ふつう女性が男性に対して親しみを込めて呼ぶ言葉ですが、ここでは男性から男性に呼びかけており、用例は少なくありません。第2句の「見せむと思ひし」は8文字の字余りになっていますが、句中に単独母音オを含むので7音節に訓むことができます。「それとも見えず」は、雪に紛れて梅の花と見分けられない意。万葉人の多くは、桜より梅を愛したらしく、『万葉集』では梅の歌は桜のそれの3倍多く詠まれています。この歌にもあるように、梅は白梅だったようです。

 
1427の「春菜」の「菜」は、副食物の総称で、ここでは野に生える食用の雑草。春の若菜摘みとは、もともと新年の最初の子(ね)の日(初子)に行われた、まだ雪の残る寒い時期のイベントです。やがて1月7日に行われるようになり、私たちの七草粥の行事となりました。「標めし野」は、自分の領有を示すために標(しるし)をつけた野。一般的な方法としては、縄を引き渡していました。「雪は降りつつ」の「つつ」は、継続。「明日・昨日・今日」と日を細かく刻んでいるところに、作者の焦燥の感が窺えます。なお、1424から1427までは、題詞に「山部宿禰赤人が歌四首」とある歌で、春の野遊びでの宴歌とされます。

 
山部赤人は奈良時代の初期から中期にかけて作歌がみとめられる宮廷歌人(生没年未詳)で、大伴旅人・山上憶良より少しおくれ、高橋虫麻呂とほぼ同時期の人です。もともと山守部(やまもりべ)という伴造(とものみやっこ)の子孫らしく、また伊予の豪族、久米氏の末裔とも言われています。古くから人麻呂と並び称せられ、とくに自然を詠じた叙景歌にすぐれているとされます。年代の明らかな作品は、神亀元年(724年)から天平8年(736年)までです。
 


なつかし(懐かし)

 目前にある対象に惹きつけられ、強く親和したくなる感情をいう語。慕わしい、離れがたいの意。対象を讃美する気持ちが込められる。動詞「懐(なつ)く」の形容詞化した語とされる。「懐く」は、馴れ親しむ、離れがたく親しませる、手なずけるなどの意を表す語。

 ナツカシは万葉後期(平城京遷都以降)の歌だけに見られ、山・野・里など自然の景や、花や鳥など自然の景物が対象とされることが多い。それは、平城京という都市の成立によって、都市生活の対極にある自然や季節に対する人々の意識が高まったことと関係するらしい。都の人々にとって、自然に馴れ親しむ行為は風流のわざであった。ナツカシは、自然への愛着を表す風流な言葉として歌に用いられるようになったと考えられる。

~『万葉語誌』から引用

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係り結び

 文中に「ぞ・なむ・や・か・こそ」など、特定の係助詞が上にあるとき、文末の語が終止形以外の活用形になる約束ごと。係り結びは、内容を強調したり疑問や反語をあらわしたりするときに用いられます。

  • 「ぞ」「なむ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は連体形。( 例)~となむいひける
  • 「や」「か」・・・疑問・反語の係助詞
     ⇒ 文末は連体形。( 例)~やある
  • 「こそ」・・・強調の係助詞
     ⇒ 文末は已然形。(例)~とこそ聞こえけれ
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