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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1435・1458・1459

訓読

1435
蝦(かはず)鳴く神奈備川(かむなびがは)に影(かげ)見えて今か咲くらむ山吹(やまぶき)の花
1458
屋戸(やど)にある桜の花は今もかも松風(まつかぜ)疾(いた)み土に散るらむ
1459
世の中も常にしあらねば屋戸にある桜の花の散れる頃かも

意味

〈1435〉
 河鹿(かじか)の鳴く神奈備川に影を映して、今は咲いているだろうか、山吹の花は。
〈1458〉
 あなたのお庭の桜の花は、今頃、松風がひどく吹くので散っているでしょうね。
〈1459〉
 世の中も定めなきものですから、うちの庭の桜の花も今はもう散ってしまいました。

鑑賞

 1435は、厚見王(あつみのおほきみ)が、山吹の咲く頃に、以前に見たことのある神奈備川の岸辺の山吹を思い出して詠んだ歌。厚見王は系譜未詳ながら、続紀に、天平勝宝元年に従五位下を授けられ、同7年、少納言で伊勢大神宮奉幣使となり、天平宝字元年に従五位上を授けられたことが記されています。『万葉集』には3首の歌を残しており、万葉末期の歌風をよく表していると評価される歌人です。この歌は『万葉集』の掲載順から、天平年間(729~749年)の前半に詠まれたともいわれます。

 「蝦」は、カジカガエルで、清い渓流に棲み、夏から秋にかけての朝夕に澄んだ声で鳴く小さな蛙。『万葉集』の「かはづ」は、この歌も含めてカジカガエルを指すといわれています。「神奈備」は、神が鎮座する神聖な場所で、山や杜(もり)といった形をして、中心には岩があります。「神奈備川」は、その地を流れる川の意で、神奈備には条件的に川が帯のように巡って流れています。ここでは竜田川または明日香川。「影見えて」の「影」は、ここは姿の意。「今か」の「か」は、疑問の係助詞で、今は咲いているだろうか。「らむ」は、現在推量の助動詞で、連体形の結び。眼前にない景を推量して、季節の訪れを表現しようとしている点が、この時期の歌風とされます。

 この歌は、平安朝時代に特に愛され、
斉藤茂吉は、「こだわりのない美しい歌である」として、「この歌が秀歌としてもてはやされ、六帖や新古今に載ったのは、流麗な調子と、『かげ見えて』、『今か咲くらむ』という、いくらか後世ぶりのところがあるためで、これが本歌になって模倣せられたのは、その後世ぶりが気に入られたものである。『逢坂の関の清水にかげ見えて今や引くらむ望月の駒』(拾遺・貫之)、『春ふかみ神なび川に影見えてうつろひにけり山吹の花』(金葉集)等の如くに、その歌調なり内容なりが伝播している」と述べています。

 
1458は、厚見王久米女郎(くめのいらつめ)に贈った歌。「屋戸」は、女郎の家の庭。「今もかも」の「かも」は疑問の係助詞で、結びの「らむ」は連体形。「松風早み」の「早み」は「早し」のミ語法で、松風が強いので。花が散ることは、ここでは女の心変わりを暗に示しています。この時の二人の関係はすでに冷えきっていたらしく、花が散るといって、暗に心変わりを示しています。一緒に見るはずのあなたの家の桜を見ることができないと残念がってはいるものの、要は、行くことがでいない、という断りの歌です。

 
1459は、久米女郎が返した歌。上2句は、仏教的無常観を負った常套句ですが、ここの「世の中」には、男女の仲の意も込められています。人の世(男女関係)も定めなきものですから、うちの庭の桜の花も今はもう散ってしまいました、あなたの気持ちも変わってしまったのでしょう、と、そっけなくも意趣返しの返事となっています。
 


斎藤茂吉と『万葉集』

 近代アララギ派の巨匠であり、精神科医でもあった斎藤茂吉(1882〜1953年)にとって、『万葉集』は単なる古典の研究対象を超え、彼の歌生命の源泉であり、生涯をかけた信仰そのものでした。茂吉の『万葉集』に対する関わりは、熱狂的な「万葉調」の創作実践と、緻密な実証精神に基づく膨大な研究という、実作と学問の幸福な結実として語ることができます。

  1. 創作における結晶~「実相観入」と万葉の生命力
     茂吉は師である正岡子規、伊藤左千夫が提唱した「写生」の説を発展させ、独自の芸術論である「実相観入(じっそうかんにゅう)」へと深化させました。「実相観入」とは、歌い手自身の主観(心)が、対象(自然や現実の事物)のありのままの姿(実相)に深く溶け込み、一体化することによって、対象そのものの内なる生命を写し取る、という歌学理論です。この理論のバックボーンとなったのが『万葉集』でした。茂吉は万葉和歌に、後世の技巧や理屈に曇らされていない「人間と自然とのダイレクトなぶつかり合い」を見出しました。
     彼の第一歌集『赤光(しゃっこう)』(1913年)や、それに続く『あらたま』では、万葉の響きや語彙(「〜かも」「〜ゆゆし」など)を大胆に導入しながら、近代人の強烈な自我や、生と死、エロスへの衝動を、圧倒的なエネルギーで詠み上げました。彼にとって万葉調とは、回顧的な擬古(古典の真似事)ではなく、「現代の生を最も力強く表現するための唯一の武器」だったのです。
  2. 研究における執念:大著『万葉秀歌』と評釈の山
     茂吉は生涯を通じて『万葉集』の研究に没頭し、専門の国文学者も驚嘆するほどの質と量を誇る業績を残しました。そのアプローチは、精神科医(科学者)としての冷徹な実証眼と、歌人としての鋭い直感が融合したものでした。彼の著書『万葉秀歌』(岩波新書)は、上代和歌の入門書・鑑賞書として今なお読み継がれる名著です。万葉集から厳選した秀歌について、一首一首の言葉の響きや情景を、実作者ならではの感性で活写しています。
     また、『評釈万葉集』などの膨大な注釈作業によって、柿本人麻呂や山部赤人、大伴家持ら、万葉の歌人一人ひとりの作品を徹底的に語釈(言葉の意味の解釈)し、評釈を加えました。特に柿本人麻呂への傾倒は凄まじく、全5巻に及ぶ『柿本人麻呂』を著し、帝国学士院賞を受賞しています。
     茂吉の評釈の特徴は、単に訓読や文法を整理するだけでなく、「その歌が詠まれた瞬間の、歌人の心の動き(心理的リアリティ)」にどこまでも迫ろうとした点にあります。
  3. まとめ
     江戸時代の本居宣長らが「古代の正しい言葉と心」を解き明かすために『万葉集』に向き合ったのだとすれば、斎藤茂吉は「千年前の強靭な生命力を、現代の短歌の中に完全に蘇生させる」ために万葉に向き合いました。彼によって『万葉集』は、埃をかぶった古典籍から、今を生きる人間のドクドクと脈打つ感情を表現するための「生きた教科書」へと変貌を遂げたと言えます。

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『万葉集』クイズ

 それぞれの歌ののある句が枕詞となるように、ひらがなで答えてください。

  1. 〇〇〇さす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし
  2. 〇〇〇〇の手枕まかず間置きて年そ経にける逢はなく思へば
  3. 〇〇〇〇〇神の社に我が懸けし幣は賜らむ妹に逢はなくに
  4. まそ〇〇〇見飽かぬ君に後れてや朝夕にさびつつ居らむ
  5. 〇〇草のうつろひやすく思へかも我が思ふ人の言も告げ来ぬ
  6. 〇〇〇〇の年の経ぬれば今しはとゆめよ我が背子我が名告らすな
  7. 〇〇〇〇〇名の惜しけくも我れはなし君に逢はずて年の経ぬれば
  8. 〇〇〇〇の袖別るべき日を近み心にむせび哭のみし泣かゆ
  9. 〇〇〇〇の大宮人は多かれど心に乗りて思ほゆる妹
  10. 〇〇〇〇のその夜の月夜今日までに我れは忘れず間なくし思へば


【解答】 1.うちひ 2.しきたへ 3.ちはやぶる 4.かがみ(鏡) 5.つき(月) 6.あらたま 7.つるぎたち(剣大刀) 8.しろたへ(白妙) 9.ももしき 10.ぬばたま

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。