| 訓読 |
風(かぜ)交(まじ)り雪は降るとも実にならぬ我家(わぎへ)の梅を花に散らすな
| 意味 |
風交りの雪が降ることもあろうが、私の家のまだ実になっていない梅を、花のまま散らさないでほしい。
| 鑑賞 |
題詞に「大伴坂上郎女の歌一首」とあるだけで、作歌事情が不明ですが、 作者の娘(坂上二嬢)のことを喩えた歌といわれます。二嬢は大嬢の妹にあたり、のち大伴駿河麻呂の正妻になった女性です。「実にならぬ」は、まだ結実していない意で、ここは二嬢がまだ大人になりきっていないことを比喩的に言ったものか。あるいは「実」は、確かな夫婦関係を喩える語でもあり、娘に求婚している者のあるのを知って、それに対して腕曲に警戒を求めたものか。「花に散らすな」は、その場限りのもてあそび物でしかない花のままで散らすな、の意。駿河麻呂に対するたしなめの歌と見る向きもありますが、駿河麻呂は誠意を示しています(巻第8-1438)。また、この歌は、山上憶良の貧窮問答歌「風交じり雨降る夜の・・・」(巻第5-892)や、旅人の「沫雪のほどろほどろに降り敷けば・・・」(巻第8-1639)、さらに梅花の歌32首(巻第5-815~846)の全容に連動しているようにも感じられます。
『万葉集』では、雪を詠んだ歌は月や風に次いで多く、156首を数えます。この時代、大和の国でも雪に囲まれることが多かったのかもしれませんが、雪の珍しさのゆえに感心の度が深かったということもいえましょう。また、梅を詠み入れた歌は約120首あり、萩を詠んだ約140首に次いで第2位の数となっています。ただ、萩とは違い、梅は庭園に植えて愛でられた渡来の花樹であるため、限られた階層の人々の歌の対象として、片寄ったあり方で存在します。古今集以後の歌人に愛でられたような、その香を歌ったものは殆どありません。

梅
梅は、中国の江南地方を原産とする花木で、藤原宮の時代に遣唐使によって 日本に持ち込まれたと考えられています。弥生時代に朝鮮半島を経由して渡ってきたとの説もありますが、万葉第一期、第二期の歌には出てきません。
当時の梅は白梅だったとされ、花見の対象としては桜より長い歴史を持ち、奈良時代以前に「花」といえば梅を意味しました。『万葉集』では萩(はぎ)の140首に次いで多い119首が詠まれており、雪や鶯(うぐいす)と一緒に詠まれた歌が目立ちます。
しかし、当時はまだ一般的な花ではなく貴族的な文雅(ぶんが)の花でした。xひなみに清少納言が『枕草子』で「木の花は、濃きも薄きも紅梅」と言っている紅梅は、承和15年(848年)正月21日『続日本後紀』の記事が文献的には初見です。
現代の日本でも最も親しまれる果樹の一つであり、梅干しや梅酒として広く実用されています。
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収録歌数の多い歌人
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |