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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1447・1450

訓読

1447
世の常(つね)に聞けば苦しき呼子鳥(よぶこどり)声なつかしき時にはなりぬ
1450
心ぐきものにぞありける春霞(はるかすみ)たなびく時に恋の繁(しげ)きは

意味

〈1447〉
 ふだんは切なく苦しく聞こえる呼子鳥の、その鳴き声もなつかしく聞かれる春になってきた。
〈1450〉
 心が鬱々として晴れないものだ。春霞のたなびくこの季節に、しきりに恋心がつのるというのは。

鑑賞

 大伴坂上郎女の歌。1447の「呼子鳥」は、カッコウとする説が有力。あちらこちらに場所を変えながら鳴くカッコウの声は人を探して呼んでいるように聞こえるので相応しいと言えますが、集中に、春の歌、それも鶯の歌などにまじっているのは季節に合いません。「なつかしき」は、心惹かれ、離れがたく思われるような気持ち。左注に「天平四年三月一日、佐保の宅にて作れる」とあり、「三月一日」は、新暦では4月上旬にあたります。窪田空穂は、この日付がないと、作意を正確には捉えられないほど婉曲なものであるとして、「春が闌(た)けて心が暢(の)びやかになり、人恋しいごとき心の動き来たる時である。今はそれを背後に置き、喚子鳥の鳴き声より受ける感じの相違によって、その心を暗示的にあらわしているのである。その漠然としている気分の如きを、同じく漠然とした呼子鳥の鳴き声によって具象化しているということは、尖鋭な感性と、豊かな歌才とが相倹って初めてできることで、目立たない歌ではあるが、郎女の面目を示しているものというべきである」と評しています。また、斎藤茂吉は、「奇もなく鋭いところもないが、季節の変化に対する感じも出ており、春の女心に触れることもできるようなところがある、『時にはなりぬ』だけで詠嘆がこもっている」と言っています。

 郎女にとって異母兄にあたる
大伴旅人が、太宰の帥(長官)から大納言になり、陸路帰京したのが天平2年(730年)末とされますが、その半年後には亡くなってしまいます。異母兄弟の場合の服喪期間は1か月と定められていたので、3年秋には兄死亡の忌みも明け、ようやく翌年の春を迎えた時期にあたります。多忙だった大宰府時代を経て帰京、兄の死去と続いた身辺の変化激動を乗り切って、ようやく佐保の鳥の声を懐かしむ心の余裕と安らぎを覚えたころだったであろうと察せられます。

 
1450は、題詞に「大伴宿禰坂上郎女が歌」とあり、坂上郎女に姓(かばね)の「宿禰」を付した唯一の例となっています。そのため、「宿祢」の下に「家持贈」の三字が脱しているとして、家持の歌と見る説があります。窪田空穂もこれに従い、この歌は、郎女の心細かく、冴えて、何らかの屈折を帯びている歌風とは明らかに距離が感じられ、年若い日の家持を思わせる、と言っています。「心ぐき」は、心が鬱々として晴れない意の形容詞。「ものにぞありける」の「ぞ」は係助詞で、「けり」の連体形「ける」で結び。8文字の字余り句となっていますが、単独母音アを含むので7音節に訓むことができます。「恋の繁きは」は、しきりに恋心が募るのは、の意。
 


呼子鳥(よぶこどり)

 鳴き声が人を呼ぶように聞こえるところから、カッコウという説が有力ですが、ほかにウグイス、ホトトギス、ツツドリなどとする説があります。また、自然現象の山彦について、地方によって、天邪鬼(あまのじゃく)や山の小僧がまねする言い伝えがあるほか、鳥取では呼子(よぶこ)とか呼子鳥というものが声を発しているのだと伝えています。『万葉集』には、呼子鳥を詠んだ歌が9首あり、『古今集』にも出てきます。古今伝授による三鳥の一つにもなっています。

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なつかし(懐かし)

 目前にある対象に惹きつけられ、強く親和したくなる感情をいう語。慕わしい、離れがたいの意。対象を讃美する気持ちが込められる。動詞「懐(なつ)く」の形容詞化した語とされる。「懐く」は、馴れ親しむ、離れがたく親しませる、手なずけるなどの意を表す語。

 ナツカシは万葉後期(平城京遷都以降)の歌だけに見られ、山・野・里など自然の景や、花や鳥など自然の景物が対象とされることが多い。それは、平城京という都市の成立によって、都市生活の対極にある自然や季節に対する人々の意識が高まったことと関係するらしい。都の人々にとって、自然に馴れ親しむ行為は風流のわざであった。ナツカシは、自然への愛着を表す風流な言葉として歌に用いられるようになったと考えられる。

~『万葉語誌』から引用

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。