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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1472~1475

訓読

1472
霍公鳥(ほととぎす)来鳴きとよもす卯(う)の花の共にや来(こ)しと問はましものを
1473
橘(たちばな)の花散る里の霍公鳥(ほととぎす)片恋(かたこひ)しつつ鳴く日しぞ多き
1474
今もかも大城(おほき)の山に霍公鳥(ほととぎす)鳴き響(とよ)むらむ我(わ)れなけれども
1475
何しかもここだく恋ふる霍公鳥(ほととぎす)鳴く声聞けば恋こそまされ

意味

〈1472〉
 ホトトギスが来て鳴き声を響かせている。卯の花といっしょにやって来たのかと、尋ねることができたらよいのに。
〈1473〉
 橘の花がしきりに散る里のホトトギスは、散った花に片恋をしては鳴く日が多いことだ。
〈1474〉
 今頃ちょうど、大城の山でホトトギスが鳴き立てているのだろう。私はもうそこにいないけれど。
〈1475〉
 何でこんなにもホトトギスを待ち焦がれているのだろう。その鳴き声を聞いたら聞いたで、人恋しさがつのるだけなのに。

鑑賞

 1472は、大伴旅人の妻が亡くなった時、勅命で大宰府に弔問に訪れた式部大輔石上堅魚朝臣(しきぶのだいふいそのかみのかつおあそみ)が詠んだ歌。式部大輔は、式部省(官人の考課、選叙、朝儀などを司る役所)の次官。養老3年(719年)従五位下、神亀3年(726年)従五位上、天平3年(731年)正五位下、同8年、正五位上。『万葉集』にはこの1首のみ。1473は、旅人がそれに答えて詠んだ歌です。1472の左注には、弔問の任務を終えて、大宰府の諸卿大夫らとともに記夷城(きいのき:筑紫と肥前の境にある山)に登って望遊した日に、この歌を作った旨の記載があります。

 
1472の「卯の花」は、アジサイ科の落葉低木ウツギの花のこと。初夏の頃、ホトトギスの飛来とともに咲くので、取り合わせて詠まれることの多い花です。「問はましものを」は、もしホトトギスに聞くことができるものなら尋ねるつもりだったのに、の意。1473の「橘」は、ミカン科の常緑小喬木で、初夏の頃に芳香を放つ白い花をつけます。こちらも「卯の花」と同様に、ホトトギスとともに多く詠まれます。「鳴く日しぞ多き」のの「鳴く」は「泣く」の掛け詞。「し」は強意、「ぞ」は係助詞で、連体形の「多き」で結んでいます。堅魚の歌が、卯の花がないまま鳴いているホトトギスを、妻を亡くした旅人に見立てているのに対し、旅人は橘の花を妻に喩え、花が散った後も鳴き続けるホトトギスを自分になぞらえています。当時の知識人の間では、卯の花も橘の花も、ホトトギスに無くてはならない取り合わせの景物とされており、これらの2首はその認識の上に立って詠まれています。

 当時は、高位の者に凶事があった際は、勅使をつかわして喪を弔うことと定められていました。従って堅魚の歌はその立場の必要から詠んだもので、さらに高官の旅人との身分の隔たりから、直接な物言いは避け、できるだけ婉曲な表現にしなければならなかったという事情があったようです。旅人は堅魚の歌が示すところを十分に理解し、緊密に関係させながらも、堅魚が妻を卯の花に擬したのを「橘の花」とし、その死を「花散る」とし、大宰府を「里」として、ホトトギスが相手の橘をなくして片恋しつつ鳴く悲しみをうたっています。なお、『源氏物語』の「花散里」の巻名のもとになった源氏の歌「橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ」は、旅人のこの歌がもとになっています。

 1474・1475は、
大伴坂上郎女の歌。1474は「筑紫の大城の山を思ふ」歌。「大城の山」は、大宰府の背後にある大野山で、山頂に百済式の山城が築かれていました。郎女は、妻を亡くした旅人とともに大宰府に住んでいましたが、天平2年(730年)11月、旅人より一足早く帰京し、その翌年の夏に詠んだ歌です。「今もかも」は、今も〜であろうか、という、現在の状況を推測しつつ詠嘆する表現。「かも」は疑問の係助詞で、結びの「らむ」は、現在推量の助動詞「らむ」の連体形。「我れなけれども」は、私はそこにいないのだけれども。ホトトギスの声を聞いた大宰府時代の日々を懐かしく回想した歌です。

 
1475は「霍公鳥」の歌。「何しかも」は、「いかに+し(強意)+か(疑問)+も(詠嘆)」からなる語で、どうして〜なのだろうか、という強い疑問と、やりきれない感情を含んだ詠嘆を表します。「ここだく」は、こんなにはなはだしく。数量の多いことをいう数量副詞の「ここだ」に「く」を付けて形容詞的に用いたもの。「恋こそまされ」は、「こそ(係助詞)+まされ(已然形)」の係り結びで、恋心がいっそう増していくことだ、という強意の表現。ホトトギスの声を求める風流な心の一方で、その声にかえって恋心をかき立てられることを嘆いた歌です。窪田空穂は、「郎女としては珍しい、純知性的な、荒い歌である」と述べています。
 


ウツギ

 花が「卯の花」と呼ばれるウツギは、日本と中国に分布するアジサイ科の落葉低木です。 花が旧暦の4月「卯月」に咲くのでその名が付いたと言われる一方、卯の花が咲く季節だから旧暦の4月を卯月と言うようになったとする説もあり、どちらが本当か分かりません。花は白色で、枝先に多くまとまってつけ、垂れ下がって咲かせます。ウツギは漢字で「空木」と書き、茎が中空なのでこの字が当てられています。初夏を代表する花として、万葉の時代にも親しまれてきました。
 

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。