| 訓読 |
1494
夏山(なつやま)の木末(こぬれ)の繁(しげ)に霍公鳥(ほととぎす)鳴き響(とよ)むなる声の遥(はる)けさ
1495
あしひきの木(こ)の間(ま)立ち潜(く)く霍公鳥(ほととぎす)かく聞きそめて後(のち)恋ひむかも
1496
わが屋前(やど)のなでしこの花盛りなり手折(たを)りて一目(ひとめ)見せむ児(こ)もがも
| 意味 |
〈1494〉
夏山の梢の茂みでホトトギスが鳴いている。その透き通った声が、何と遠くまで響き渡っていることか。
〈1495〉
山の木の間を飛びくぐっては鳴く霍公鳥の声を、このように聞き始めてしまって、後になっても恋しく思うであろうかなあ。
〈1496〉
わが家のなでしこの花が盛りとなっている。花を手折って一目でも見せてやれる女がいてほしいものだ。
| 鑑賞 |
大伴家持の歌。1494・1495は「霍公鳥の歌」の連作。1494の「木末」は、梢、樹木の枝先。「繁に」の「繁」は「繁し」の語幹で、名詞形。葉が青々と茂っている中に。「鳴き響むなる」は、鳴き声が響きわたっている。「なる」は、活用語の終止形につく伝聞推定の助動詞。「遥けさ」は、はるか遠くまで響いていることよ。体言止めによる強調。前半の「夏山」「木末の繁に」では、初夏の生命力に溢れた、緑が深く重なり合う山の様子が描かれています。視覚的には非常に密度が高く、重厚な印象を与えます。その密閉されたような緑の深さを突き破るように、ホトトギスの声が「鳴き響む」と響き渡ります。結びの「遥けさ」によって、読者の意識は一気に「手前の茂み」から「遠くの空や山々」へと解放されます。視覚から聴覚への鮮やかな転換です。
1495の「あしひきの木の間」の「あしひきの」は、山の枕詞であるのを、山そのものの意に転用しています。「木の間立ち潜く」は、茂った木々の間をくぐり抜けるようにして飛ぶ。「立ち」は接頭辞で、動作を強調します。ホトトギスが姿を見せ隠れさせながら、深い緑の中を自在に飛び回る様子が、動的に描かれており、家持らしい繊細な観察眼の表れとなっています。なお、「潜(く)く」の原文「八十一」は、掛け算の九九八十一から来た戯書となっています。「かく聞きそめて」の「かく」は、このように。「聞きそめて」は、聞き始めて。ここでの「そめて」は「初めて〜する」という意味。「後恋ひむかも」は、これから先、どれほど恋しく思ってしまうことだろうか(いや、思わずにはいられないだろう)。「かも」は、詠嘆・感動を表す終助詞。
1496は「なでしこの歌」。なでしこは、わが国在来の野生の河原撫子。秋の七草の一つですが、『万葉集』では夏の花として多く詠まれます。その名の通り「撫でるように愛でる子」という、愛らしい存在(女性や子供)の象徴でもあります。巻第3-464に、家持が亡き妾を悲しんで詠んだ「秋さらば見つつ偲(しの)へと妹(いも)が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも」の歌があり、この時が天平11年、この巻が天平13年ころを終わりとしているので、ここにいう「児」はその妾のことかもしれません。「屋前」は、家の敷地、庭先。「一目見せむ」は、ほんのちょっとでも見せてあげたい。「む」は意志。「児もがも」は、(愛しい)あの子がいてくれたらなあ。「もがも」は、実現困難な願望を表す終助詞です。

ホトトギス
ホトトギス科の鳥で、鳩よりやや小さく全長27、8cm。頭と背が黒っぽい灰色、腹は白く、黒い黄斑があります。冬は南方で過ごし、日本へは初夏(5月ごろ)に渡来し、山から人里に来て鳴きます。鳴き声は、テッペンカケタカまたはトッキョキョカキョクなどと聞き馴らされています。万葉時代とくに後期以降に愛好され、集中に詠まれた鳥の中で最も多く、153首に歌われています。中でも大伴家持に64首もあり、こよなくホトトギスを愛したことが窺えます。
なお、『万葉集』でのホトトギスの表記は、一字一音で書く以外はすべて「霍公鳥」となっています。中国では一般に杜鵑、子規、杜宇などのほか多くの表記がありますが、霍公鳥はなく、出典が明らかではありません。これを音読すれば、クヮクコウ鳥であるため、郭公(かっこう)と何らかの関係があるものと考えられます。両者はともに鳴き声からつけられた名で、鳴き方はホトトギスが鋭く激しいのに対し、カッコウはのどかにゆったり鳴くので、対照的です。しかし、ともにホトトギス科に属し、体長はカッコウがやや大きい程度で、体形・体色それに托卵の習性など、多くの類似点があります。しかも『万葉集』には、あの親しみやすい鳴き声のカッコウを詠んだ歌が一首もないことが、古くから問題とされています。
そこで、万葉でいうホトトギスは、霍公鳥の文字からしても、実はカッコウではないかとか、両者を含むホトトギス科の鳥の総称であろうとか、あるいは当時はそれぞれを別の鳥とする認識がなく、同じ鳥が夜昼や雌雄または幼鳥と成鳥などの違いによってさまざまに鳴くと考えられていたのだろう、などと言われています。
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