本文へスキップ

巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1551~1554

訓読

1551
時(とき)待ちて降りし時雨(しぐれ)の雨やみぬ明けむ朝(あした)か山の黄葉(もみ)たむ
1552
夕月夜(ゆふづくよ)心もしのに白露(しらつゆ)の置くこの庭に蟋蟀(こほろぎ)鳴くも
1553
時雨(しぐれ)の雨(あめ)間(ま)なくし降れば三笠山(みかさやま)木末(こぬれ)あまねく色づきにけり
1554
大君(おほきみ)の三笠の山の黄葉(もみちば)は今日の時雨(しぐれ)に散りか過ぎなむ

意味

〈1551〉
 その時節を待って降り始めたしぐれの雨が止んだ。明日の朝には、山の木々は美しく黄葉しているだろうか。
〈1552〉
 月の出ている暮れ方、白露が降りたこの庭にコオロギが鳴いているのを聞いていると心がしんみりする。
〈1553〉
 しぐれの雨が絶え間なく降るので、三笠山は、梢の先々まですっかり色づいたことであるよ。
〈1554〉
 大君の御笠である三笠の山の黄葉は、今日の時雨で散り果ててしまうだろう。

鑑賞

 1551は、市原王(いちはらのおほきみ)の歌。市原王は天智天皇の曾孫安貴王(あきのおおきみ)の子で、王族詩人の家系に生まれた人です。天平15年(743年)に従五位下、写経司長官、玄蕃頭、備中守、金光明寺造仏長官、大安寺造仏所長官、造東大寺司知事、治部大輔、摂津大夫、造東大寺司長官など、主に仏教関係事業の官職を歴任し正五位下に至りました。『万葉集』に8首の短歌を残し、大伴家持との関係をうかがわせる歌も多くあります。なお、父の安貴王は、大伴家持が親しく交際していた紀女郎の元の夫です。「時待ちて」は、ここは相応しい時節を待って、の意。「時雨」は、晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりする小雨。「黄葉たむ」は、紅葉する意の動詞「もみつ」の未然形と推量の「む」。なお、「雨やみぬ」の原文「零零奴」を「降り降りぬ」と訓み、降りに降ったと解する説もあります。季節の進む狂いのなさに目を見張ると同時に、時雨が降った翌朝のもみじの美しさを期待している歌です。当時は、雨と花の関係のように、雨は一方では紅葉を促進するものと考えられていました。

 
1552は、湯原王(ゆはらのおほきみ)の「蟋蟀(こほろぎ)の歌」。湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に白壁王(光仁天皇)・春日王・海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の端正で透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されており、家持に与えた影響も少なくないといわれます。兄弟の白壁王が聖武天皇の皇女(井上内親王)を妻として位階を進め、即位の約1年半後には、皇后や皇太子を廃して獄死させているのと比較すると、王は、人間らしい風雅の道を選んだらしくあります(本心や才能を隠しつつ政争から逃れ、一生無位だったともいわれます)。生没年未詳。『万葉集』には19首。「夕月夜」は、夕月の出ている日暮れ方。「心もしのに」の「しのに」は、しおれてしまうばかりに、の意。「しのに」は『万葉集』中10例見られますが、そのうち9例が「心もしのに」の形であり、定型表現だったことが知られます。「白露(しらつゆ)」は、漢語「白露」の翻読語。「こほろぎ」は、秋に鳴く虫の総称で、松虫や鈴虫なども含んでいたようです。「鳴くも」の「も」は、詠嘆。斎藤茂吉はこの歌を評し、「後世の歌なら、助詞などが多くて弛むところであろうが、そこを緊張せしめつつ、句と句とのあいだに間隔を置いたりして、端正で且つ感の深い歌調を全うしている」と述べています。

 
1553は、大伴家持の叔父にあたる大伴宿禰稲公(おおともすくねいなきみ)の歌。「時雨」は、晩秋から初冬にかけて降る小雨。「間なくし降れば」の「し」は、強意の副助詞。「三笠山」は、こんにち一般に若草山をさしますが、 万葉における三笠山は、春日大社の東方に位置する御蓋山(標高297m)のことです。円錐形の山の形から「み笠」といわれます。「木末」は、梢、枝先。「あまねく」は、全てにわたって、広く。当時の人々は、雨と花の関係のように、雨は一方では紅葉を促進させるものと考えていました。

 
1554は、家持が和した歌。「大君の」は、天皇がおかざしになるみ笠の意で、「三笠」にかかる枕詞。「散りか過ぎなむ」の「か」は疑問。「な」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形。「む」は、未来の推量の助動詞。ここでは上の疑問の「や」の係り結びで連体形。稲公が、時雨が紅葉を促すものとして詠んだのに対し、家持は、もみじが散るかと案じさせるものとして詠んでいます。文学者の犬養孝はこれらの歌を、「目にふれた美景による、天平貴族らの風雅の社交の産物である」と評しています。
 


『万葉集』クイズ

 それぞれの歌のの中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。

  1. 君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ〇〇の火もがも
  2. 世の中は〇〇しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
  3. 〇〇〇〇も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも
  4. 〇〇山と耳梨山と会ひしとき立ちて見に来し印南国原
  5. あかねさす紫野行き標野行き〇〇〇は見ずや君が袖振る
  6. 〇〇〇の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
  7. 〇〇〇〇の明石大門に入らむ日や榜ぎ別れなむ家のあたり見ず
  8. 田子の浦ゆうち出でて見れば〇〇〇にぞ不尽の高嶺に雪は降りける
  9. 〇〇〇なきもの思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし
  10. 〇〇〇〇を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし


【解答】 1.あめ(天) 2.むな(空) 3.しろがね(銀) 4.かぐ(香具) 5.のもり(野守) 6.うねめ(采女) 7.ともしび 8.ましろ(真白) 9.しるし(験) 10.よのなか(世間)

【PR】

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。