| 訓読 |
1562
誰(たれ)聞きつこゆ鳴き渡る雁(かり)がねの妻呼ぶ声のともしくもあるを
1563
聞きつやと妹(いも)が問はせる雁(かり)がねはまことも遠く雲隠(くもがく)るなり
1621
我(わ)が宿(やど)の萩花(はぎはな)咲けり見に来(き)ませいま二日(ふつか)だみあらば散りなむ
| 意味 |
〈1562〉
どなたかお聞きでしょうか、ここから鳴き渡って行く雁の妻を呼ぶ声を。うらやましいことです。
〈1563〉
あなたが鳴くのを聞いたかとお尋ねの雁は、お言葉どおりに本当に遠く、雲の彼方で鳴いているようです。
〈1621〉
わが家の萩の花が咲いたので、見に来て下さい。あと二日ほどしたならば、散ってしまいましょう。
| 鑑賞 |
1562は、巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそのおとめ:伝未詳)が、大伴家持に贈った歌。1563は、家持が返した歌。
1562の「こゆ」は、ここから。「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「雁がね」は、ここは雁の意。「ともしく」は、うらやましく。家持に疎遠にされていることを嘆き、雁のように妻呼ぶ声を聞かせてもらいたいとの意が込められています。1563の「問はせる」の「せ」は、尊敬の助動詞。「まことも」は、まことにも。「雲隠る」は、雲の彼方に隠れる意。娘子の歌に対し同一の素材を詠み込みながらも、焦点をずらしたというか、ずいぶんとつれない返事になっています。
国文学者の窪田空穂はこの家持の歌に関して、「家持はあくまでも正直な人であったが、女性に対しては相応に我儘な人だったと見え、それが歌の上に少なからず現われている。これもそれである」と評しています。なお、巫部麻蘇娘子は、巻第4-703・704にも家持に贈ったとみられる歌があります。
1621は、巫部麻蘇娘子の歌。誰に贈ったとも書かれていませんが、相手は家持ではないかと考えられています。「宿」は、家の敷地、庭先。「二日だみ」の「だみ」は語義未詳ながら、ほど、ばかりの意か。「二日」は、短い日数を言い表したもの。「散りなむ」は、散るだろう。
窪田空穂は、この歌について次のように言っています。「この当時としては特色のあるものである。それはいっていることが、あくまで実際に即している上に、その言い方が、日常の用足しの言い方と全く同一であることで、この言い方がことに注意されるのである。上代の歌はすべて実際に即したもので、大体この歌と同じものであったが、それにしても謡い物としての要素を多分にもっていた。この歌は謡い物の要素の少ないもので、日常語と多く異ならないものである。言いかえれば、上代の実用性を主にした歌風が、そのままに著しく散文化した形のものである。この当時の新風の歌の間に、一面にはこうした新風が行なわれていたということは、歌というものの性格を語っていることといえる」
また、花見にこと寄せて思う人の来訪を促した類想の歌は多くあり(巻第10-1990~1991・2271・2276・2287・2349など)、当時はそのような風習があったことが分かります。

家持歌の採録
『万葉集』において家持が歌を詠んだ期間は、天平5年(733年)に始まり、天平宝字3年(759年)に終わり、家持が16歳から42歳までの年代に相当します。その間の作歌数は、長歌46首、短歌432首、旋頭歌1首の合計479首に及んでいます。
中でも、家持が越中在任中の作歌は約220首で、さらに天平勝宝元年~2年に半数以上の130首に集中し、彼の作歌活動の頂点に達しています。家持が越中国守としての政務に慣れ、妻の坂上大嬢を任地に迎えた時期に重なっています。
家持の歌日記的な性格をもつとされる巻第17~20については、巻第17に天平2年(730年)11月に父の旅人が大納言に任命され上京する時の関係者の歌に始まり同年20年春まで、巻第18に天平20年3月から天平勝宝2年2月まで、巻第19に同2年3月から同5年2月まで、巻第20に同5年8月から天平宝字3年正月までの歌が載せられています。いずれの巻も編年方式によって配列されています。
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万葉歌の人気ベスト10
第1位
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
~額田王(巻1-20)
第2位
石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
~志貴皇子(巻8-1418)
第3位
新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事
~大伴家持(巻20-4516)
第4位
春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山
~持統天皇(巻1-28)
第5位
田子の浦ゆうち出でて見ればま白にそ富士の高嶺に雪は降りける
~山部赤人(巻3-318)
第6位
恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば
~大伴坂上郎女(巻4-661)
第7位
東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
~柿本人麻呂(巻1-48)
第8位
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎいでな
~額田王(巻1-8)
第9位
銀も金も玉もなにせむに優れる宝子に及かめやも
~山上憶良(巻5-803)
第10位
我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露に我が立ち濡れし
~大伯皇女(巻2-105)
~NHK『万葉集への招待』から
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