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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1608・1609

訓読

1608
秋萩(あきはぎ)の上に置きたる白露(しらつゆ)の消(け)かもしなまし恋ひつつあらずは
1609
宇陀(うだ)の野(の)の秋萩(あきはぎ)しのぎ鳴く鹿も妻に恋ふらく我(わ)れにはまさじ

意味

〈1608〉
 秋萩についた白露のように、はかなくこの世から消えてしまったほうがましだったのではないだろうか。こんなに恋い続けてなどいないで。
〈1609〉
 宇陀の野の秋萩を押し分けて鳴く鹿も、妻に恋い焦がれることでは、この私にはかなうまい。

鑑賞

 1608は、弓削皇子(ゆげのみこ)の歌。上3句は、露が消えやすいことから「消」を導く序詞。「消かもしなまし」の「消(け)」は「消(く)」の連用形、「かも」は疑問、「しまなし」は「為なまし」で、「まし」は反実仮想の助動詞。消えてしまった方がましだったのではないだろうか。「恋ひつつあらずは」の「つつ」は、継続で、恋い続けてなどいないで。なお、この歌は、古歌とされる巻第10-2254と重複しており、また2256、2258にも酷似した歌が載っています。皇子の歌とされるこの歌も、何らかの事情で、謡い物であったものが皇子の歌として伝えられたのかもしれません。

 
弓削皇子は、天武天皇の第9皇子(第6皇子とも)で、長皇子(ながのみこ)の弟。『万葉集』には8首あり、天武天皇の皇子のなかでは最多です。持統天皇の治世下における不安定な立場に背を向けた非俗、孤独な歌人と評されますが、『柿本人麻呂歌集』には、弓削皇子に献上された歌が5首残されており、広い交流の跡も窺えます。

 
1609は、丹比真人(たじひのまひと)の歌。注に「名は欠けたり」とあり、伝未詳。巻第2-226、巻第9-1726にも「丹比真人」とだけ記されて名を欠く人物の作歌があります。巻第8には、丹比真人屋主(1442)、丹比真人乙麻呂(1443)、丹比真人国人(1557)の名が見えますが、この3人のうちの誰かなのか、また全くの別人なのか分かりません。「宇陀の野」は、奈良県宇陀市大字宇陀にある野で、草壁皇子の御狩場だった地。「しのぎ」は、押し分けて、押し伏せて。「恋ふらく」は「恋ふ」のク語法で名詞形。秋、萩を凌いで妻恋いをする牡鹿の声に触発され、妻への恋しさを訴えた歌です。
 


『万葉集』の用字法

  • 国語の意味に相当する漢字を用いたもの
    ① 一語を一字にあてたもの
     正訓・・・君(きみ)、秋(あき)、月(つき)
     義訓・・・暖(はる)、寒(ふゆ)、金(あき)
    ② 一語を表すのに二字以上をあてたもの
     正訓・・・年魚(あゆ)、芽子(はぎ)、白水郎(あま)
     義訓・・・丸雪(あられ)、未通女(をとめ)
    ③ 一字に書けるものを二字以上にあてたもの
     神祇(かみ)、京師(みやこ)、古昔(むかし)、悲哀(かなし)
  • 漢字をそのまま用いたもの
    餓鬼(がき)、法師(ほふし)、布施(ふせ)
  • 漢字の音を借りたもの
    ① 一字一音
     正音・・・阿(あ)、伊(い)、宇(う)
     略音・・・安(あ)、印(い)
    ② 一字二音
     南(なむ)、念(ねむ)
  • 漢字の訓を借りたもの
    ① 一字一訓
     借訓・・・射(い)、蚊(か)、荷(に)
     略訓・・・市(ち)、跡(と)、常(と)
    ② 二字一訓
     五十(い)、嗚呼(ああ)
  • 戯書
    十六(しし)、義之(てし)、山上復有山(いで)

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『万葉集』の三大部立て

  • 雑歌(ぞうか)
    公的な歌。宮廷の儀式や行幸、宴会などの公の場で詠まれた歌。相聞歌、挽歌以外の歌の総称でもある。
  • 相聞歌(そうもんか)
    男女の恋愛を中心とした私的な歌で、万葉集の歌の中でもっとも多い。男女間以外に、友人、肉親、兄弟姉妹、親族間の歌もある。
  • 挽歌(ばんか)
    死を悼む歌や死者を追慕する歌など、人の死にかかわる歌。挽歌はもともと中国の葬送時に、棺を挽く者が者が謡った歌のこと。

『万葉集』に収められている約4500首の歌の内訳は、雑歌が2532首、相聞歌が1750首、挽歌が218首となっています。

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。