| 訓読 |
1611
あしひきの山下(やました)響(とよ)め鳴く鹿の言(こと)ともしかも我(わ)が心夫(こころつま)
1612
神(かむ)さぶと否(いな)にはあらず秋草の結びし紐(ひも)を解(と)くは悲しも
1613
秋の野を朝ゆく鹿(しか)の跡(あと)もなく思ひし君に逢へる今宵(こよひ)か
| 意味 |
〈1611〉
山の麓まで響かせて妻を呼んで鳴く鹿の声に心惹かれるように、あなたのお言葉が懐かしく思われます。わが心に秘めたお方よ。
〈1612〉
もう年だからといってあなたを拒むわけではありません。秋草のようにしっかりと結んだ、この紐を解くのが悲しいのです。
〈1613〉
秋の野を朝ゆく鹿(しか)の跡(あと)もなく思ひし君に逢へる今宵(こよひ)か
| 鑑賞 |
1611は、笠縫女王(かさぬいのおおきみ)の歌。題詞の下に「六人部王(むとべのおおきみ)の娘、母は田形皇女(たがたのひめみこ)という」との注記があるものの、それ以外の伝は不明。六人部王(身人部王とも記す)は、和銅3年(710年)従四位下、天平元年(729年)正四位上にて没。風流侍従の一人だった人。田形皇女は、天武天皇の皇女。その娘という笠縫女王の歌は『万葉集』にはこの1首のみ。
「あしひきの」は「山」の枕詞。「山下」は、山の麓。上3句は「言ともし」を導く序詞。「ともし」は、羨ましい、心惹かれる、懐かしい。序詞からの続きでは鹿の声について、下への続きでは消息について言っています。「心夫」は、心中で思っている夫、心の中で夫と決めた人。牡鹿がはげしく妻恋いの声をあげているのを聞き、それがうらやましくてならず、自分も意中の人の言葉に触れたいとの女心を詠んだ歌、あるいは、疎遠になった夫に訴えかけたものとも取れます。
1612は、石川賀係女郎(いしかわのかけのいらつめ:伝未詳)の歌。『万葉集』にはこの1首のみ。「神さぶ」は本来は神々しくなる意ですが、ここは年老いる意。「否にはあらず」は、拒むわけではない。「秋草の」は、草結びをする意で「結びし」にかかる枕詞。集中ではこの一例のみ。「結びし紐」は、決して解くまいと誓って結んだ下着の紐。「解くは悲しも」の「解く」は、男の求婚を受け入れる意。「も」は、詠嘆。求婚を婉曲に断った歌、あるいは、もう男には逢うまい、共寝をすまいと心に誓ったことを言っている歌とされます。紀女郎が大伴家持に贈った歌のなかに「神さぶと否にはあらずはたやはたかくして後に寂しけむかも」(巻第4-762)という、同じ言い方をした歌があります。「神さぶと否にはあらず」は、年上の女が相手の男に対して用いる常套句だったのかもしれません。
1613は、賀茂女王(かものおおきみ)の歌。賀茂女王は、故左大臣、長屋王の娘。上2句は、鹿の通った跡が分からない意で「跡もなく」を導く序詞。秋は鹿の恋の季節であり、「朝ゆく」は、野で寝ていた鹿が、朝になって山へ帰っていくこと。「跡もなく」は、夫婦関係を結んだ後朝の別れの後、それきりで途絶えてしまった意。しばらく消息の途絶えていた男に思いがけずも再び逢えた喜びを詠んでいる歌です。ただし、左注に「右の歌は、或いは倉橋部女王の作、或いは笠縫女王の作という」とあります。倉橋部女王は巻第3-441に長屋王に対する挽歌を残し。笠縫女王は巻第8-1611に1首を残しています。
「秋の野を朝ゆく鹿の跡もなく」との詠み起こしで、まず静まり返った朝の秋野が提示されます。鹿は秋の象徴的な存在であり、通常は鳴き声によって恋慕や哀愁を喚起しますが、ここではその「跡もなく」とされ、姿も痕跡も残さず過ぎ去ってしまう存在として描かれています。この表現は、確かな手がかりもないまま、ただ思い続けてきた時間の空虚さや心細さを象徴しており、「跡もなく」は、そのまま第4句の「思ひし君」にかかり、相手との関係が長らく実体のない思念にとどまっていたことを暗示しています。また「思ひし」という過去形は、その時間の長さをも含意しています。結句の「逢へる今宵か」で、歌の情調は大きく転じます。「か」という詠嘆を伴う疑問形は、事実として逢えているにもかかわらず、それを現実として受け止めきれない心の高揚と驚きを表しており、思い続けてきた相手に遂に逢えたという感慨が、抑制された言葉遣いの中に強く響いています。
窪田空穂はこの歌について、「当時の夫婦関係にあっては、この歌のような状態が稀れなものではなかったろうと思われる。序詞がその季節をあらわすとともに、きわめて自然で、また気分のつながりをもったものてある上に『朝』と『今夜』の照応もあって、全体の上に大きく働いている。一首、おおらかで、気品のある歌である」と述べています。

『万葉集』に詠まれた動物
1位 馬 88首
2位 鹿 63首
3位 猪(しし) 15首
4位 鯨魚・勇魚(いさな) 12首
5位 牛 4首
6位 むささび 3首
6位 犬 3首
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ひも(紐)
ヒモは、通常、男女が別れに際して互いに結び合い、それぞれの魂を相手の結び目に封じ込めて、再会を呪(まじな)い取るものとされる。それゆえ、再会までは解かないことが原則とされた。ところが、『万葉集』のヒモにはわからないことが多い。その形状、またどこに付けていたのかがはっきりとしないのである。「下紐」「裏紐」とする表記例もあるから、下着に付けた紐とも見られるが、「裏紐」は上着の裏側に付けた紐、着物の前合わせをとめる紐とも解せるから、その実態はなかなか捉えにくい。さらに前合わせをとめるのなら実用的な紐になるが、そうとは思えない例も見える。「高麗錦(の)紐」のように舶来の高価な素材を用いたもの、赤や紫の紐の場合がそれである。
「高麗錦(の)紐」は、七夕歌に用いられた例が典型だが、高貴さを意図した特別な意味合いがあるのだろう。一方、赤や紫の紐には呪術的な意味合いがつよく感じられる。古代においては、紫は色彩としては赤の範疇に属するとされた。赤は神的・霊的なものが依り憑いたしるしの色である。それゆえ、赤や紫の紐は、そこに封じ込められた魂の呪力のはたらきを示しているのだろう。ならば、これらは呪術的な目的を優先させたヒモになる。
~『万葉語誌』から引用
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