| 訓読 |
1641
沫雪(あわゆき)に降らえて咲ける梅の花君がり遣(や)らばよそへてむかも
1642
たな霧(ぎ)らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代(しろ)にそへてだに見む
1643
天霧(あまぎ)らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴(しば)に降らまくを見む
| 意味 |
〈1641〉
沫雪に降られて咲いた梅の花を、君のもとに届けたら、私になぞらえて見てくれるだろうか。
〈1642〉
空一面に霧がかかって雪が降ってこないものか。梅の花が咲かない代わりに、せめて花にたとえて見よう。
〈1643〉
霧がかかったように空が曇り、雪が降ってこないものか。あのいつ柴原にはっきりと降り積もるのを見よう。
| 鑑賞 |
1641は、角朝臣広弁(つののあそみひろべ)の雪梅(せつばい)の歌。角朝臣広弁は、伝未詳。「雪梅」は、雪中の梅の意。「沫雪」は、はらはらと降る泡状の雪で、春近い雪であるのを暗示しています。「降らえて」の「え」は、受身の助動詞「ゆ」の連用形。「君がり」は、君のもとへ。「よそへてむかも」の「よそへ」は、ここは擬(なぞら)える、ことよせる意。「て」は完了で、強めたもの。「かも」は、疑問。心を寄せる相手に対し、何とか思いを伝えたい気持ちを歌っています。また、自然美を他者と分かち合おうとする姿勢には、古代歌謡の人間的温かさがよく表れています。
1642は、安倍朝臣奥道(あへのあそみおきみち)の雪の歌。安倍朝臣奥道は、天平宝字6年(762年)従五位下、若狭守、同7年に大和介、同8年に正五位上、摂津大夫、天平神護元年(765年)左兵衛督、神護景雲元年(767年)中務大輔、宝亀5年(774年)従四位下、但馬守にて没。「たな霧らひ」の「たな」は、一面に、すっかりの意を添える接頭語。「雪も降らぬか」の「ぬか」は、希求の助詞。「代」は、代わり。「そへてだに見む」の「そふ」は、たとえる、の意。「だに」は、だけでも。「見む」は、見よう。春を待つ心情を直接的な感情表現に頼らず、自然の取り合わせによって表現しており、梅の不在を嘆くのではなく、雪や霧をその「代」として受け入れようとする姿勢には、自然と共生する万葉的感性がよく示されていると言えます。
1643は、若桜部朝臣君足(わかさくらへのあそみきみたり)の雪の歌。若桜部朝臣君足は、伝未詳。「天霧らし」は、天空を霧らせて、天を曇らせて。「いちしろく」は、鮮明に、はっきりと。「いつ柴」は、勢いよく繁茂している柴。冬枯れの中でも色を保つ存在であり、白い雪が降り積もれば、その対比によって一層鮮やかに見える対象として選ばれています。「降らまく」は「降らむ」のク語法で名詞形。前歌が「咲かぬ梅の代として雪を見る」発想を示したのに対し、本歌では視点がさらに具体化され、雪の降る場面そのものをはっきりと見たいという欲求が前面に出ています。いずれも雪見の宴の歌かとされます。

官僚制度のしくみ
上代の中央官制は一般に「二官八省」と呼ばれ、まず最高行政機関として神祇官(じんぎかん)と太政官(だいじょうかん)とが置かれました。太政官の長官は太政大臣(臨時)で、これに次いで左大臣・右大臣が置かれ、その下に大納言、さらにその下に少納言・左弁官・右弁官が置かれました。左弁官の下には中務省・式部省・治部省・民部省の4省が、右弁官の下には兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省の4省が置かれました。
わが国の上代の官制は中国の律令制の官制を導入したものですが、中国の官制と大きく異なる点は、太政官と対等な立場で神祇官を置いた点にあり、律令的官僚支配がまだ浸透していないわが国においては、祭祀による支配権の顕示が必要不可欠であったことを物語っています。
また、中央には二官とは別に「一台五衛府」と呼ばれる司法・警察組織が置かれました。すなわち風紀粛清・犯罪取り締まりを掌る弾正台(だんじょうだい)、宮中の警備、京中の巡検・追捕などを掌る衛門府(えもんふ)・左右衛士府・左右兵衛府です。
地方官制としては、都に左右京職が置かれ、官用の港がある摂津には摂津職が置かれ、北九州には大宰府が置かれ、北九州の警備と外交の職務にあたりました。国土は大和・山城・摂津・河内・和泉の五畿と、東海道・東山道・北陸道・山陽道・山陰道・南海道・西海道の七道に分けられ、国の下に郡が置かれ、国司・郡司が統治にあたりました。国司は中央から派遣され、郡司は多くは旧地方豪族がそのまま任命されました。
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