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巻第8(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第8-1661

訓読

ひさかたの月夜(つくよ)を清(きよ)み梅の花(はな)心開けて我(あ)が思(も)へる君

意味

夜空の月が清らかです。その月光のなかで梅の花が開くように、私も心をすっかり開いてあなたのことをお慕いしています。

鑑賞

 紀女郎(きのいらつめ)の歌。前夫の安貴王、そして今度は、年下の恋人?大伴家持の心変わりに出会った?紀女郎。しかし、この歌の相手が誰であるのかはわかりません。「ひさかたの」は「月」の枕詞。集中50例あり、天・雨・月などにかかり、歌全体を高雅な調子に導く枕詞ですが、語義・掛かり方とも未詳。「月夜を清み」の「清み」はミ語法で、月の光がすがすがしいので。「心開けて」は、花がほころぶ様子を「心が開く」と擬人化した表現であると共に、心を開けて安らかに、明るい気持ちで、の意。「我が思へる君」と結句を体言止めとすることで、思慕の対象である「君」を静かに、しかし確固として提示しています。男のすべてを迎え入れようとする誘いかけの気持ちが表れており、『万葉集』屈指の妖艶な歌とされます。

 国文学者の
中西進は、この歌を評し次のように述べています。「4516首の歌が収められている万葉集の中で10首を選びなさい、と言われても入る歌だと思います。梅の花が月光の中に開花するというだけでも素晴らしいイメージがあるのに、そのように私はあなたのことをお慕いしていると、恋心の比喩として詠んでいます。感性の繊細さ、的確な表現力。近代の詩人の作といってもおかしくない。月光が清らかだから梅の花が開くなんて、そんなことを詠った歌人や詩人は、全世界で何人いるだろうと思います」。

 また、詩人の
大岡信は、「女性の恋歌としては珍しいくらい、渋滞のない、ひたすらな喜びの表現となっている。たぶん彼女の歌才のゆえであり、美しい歌である」と評し、さらに作家の大嶽洋子は、「私が紀女郎に感心するのは、いつも諦め方が実に潔く美しいことだ」、「恋人に去られたあとで、いつまでもあなたを気高く、清らかに慕っていくという澄み切った境地の歌を残している。まるでこの一首のために恋をしたように」と述べています。
 


序詞について

 序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。以下に序詞の用例を列記します。青色の語句が序詞で、赤色の語句がそれに導かれた語です。

  • あしひきの山橘の色に出でてわが恋ひなむを人目難みすな(巻11-2767)
  • 葦辺より満ち来る潮のいやましに思へか君が忘れかねつる(巻4-617)
  • 明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに(巻3-325)
  • 天雲のたなびく山の隠りたる我が下心木の葉知るらむ(巻7-1304)
  • 漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも(巻12-3174)
  • 伊勢の白水郎の朝な夕なに潜くとふ鰒の貝の片思ひにして(巻11-2798)
  • 石上布留の早稲田のには出でず心のうちに恋ふるこのごろ(巻9-1768)
  • 妹待つと御笠の山の山菅の止まずや恋ひむ命死なずは(巻12-3066)
  • 馬柵越しに麦食む駒の罵らゆれど猶し恋しく思ひかねつも(巻12-3096)
  • 梅の花散らすあらしののみに聞きし我妹を見らくしよしも(巻8-1660)

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古典に親しむ

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