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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-1824~1828

訓読

1824
冬ごもり春さり来ればあしひきの山にも野にもうぐひす鳴くも
1825
紫草(むらさき)の根延(ねは)ふ横野(よこの)の春野(はるの)には君を懸けつつうぐひす鳴くも
1826
春されば妻を求むとうぐひすの木末(こぬれ)を伝ひ鳴きつつもとな
1827
春日(かすが)なる羽(は)がひの山ゆ佐保(さほ)の内へ鳴き行くなるは誰(た)れ呼子鳥(よぶこどり)
1828
答へぬにな呼び響(と)めそ呼子鳥(よぶこどり)佐保(さほ)の山辺(やまへ)を上り下りに

意味

〈1824〉
 冬が終わり春がやって来たらしい、山にも野にもウグイスが鳴いていることだ。
〈1825〉
 紫草の根を張っている横野の、この春の野に、あの方を恋しがりつつウグイスが鳴いている。
〈1826〉
 春になったので、妻を求めてウグイスが梢から梢へと伝って由なくもしきりに鳴き続けている。
〈1827〉
 春日の羽がいの山から佐保に向かい、鳴きながら飛んでいくのは、誰を呼ぶ呼子鳥なのだろう。
〈1828〉
 誰も答えないのに、響くほどに鳴くな呼子鳥、佐保の山の辺りを上ったり下ったりして。

鑑賞

 「鳥を詠む」作者未詳歌5首。1824の「冬ごもり」は「春」の枕詞。掛かり方は未詳ながら、原文「冬隠」とあるのは、冬が隠れ去る意か。「冬木成」と書かれる例もあり、この場合は冬木も茂る意に解されていたようです。「春さり来れば」は、春がやって来たので。原文「春去来之」で、ハルサリクラシと訓んで、春がやって来るらしい、と解するものもあります。「あしひきの」は「山」の枕詞。短歌1首中に2つの枕詞を用いています。「鳴くも」の「も」は、感動・詠嘆を表す終助詞。鳴いていることよ、鳴いているなあと、春の訪れを実感する喜びが込められています。

 
1825の「紫草の根延ふ」の「紫草」は多年草で、その根は染料や薬用として珍重されました。「根延ふ」は根が横に広がり伸びることで、地名の「横野」を導き出す序詞のような役割を果たしています。「横野」は、大阪市生野区巽南に、延喜式に記載された横野神社があり、その一帯かといいます。「君を懸けつつ」の「懸く」は、心に懸ける、つまり、あなたのことを思い慕うという意味。「つつ」は動作の継続を表し、思い続けている状態を指します。「うぐひす鳴くも」の「も」は、感動・詠嘆の終助詞。

 
1826の「春されば」は、春になったので。「妻を求むと」は、鶯の鳴き声を求愛(妻問い)の行為として解釈しています。「木末」は、木の枝や葉の先端。「伝ひ鳴きつつ」は、あちこちの枝を次々に移り飛びながら、絶え間なく鳴き続ける様子。鶯の落ち着かない、必死な動きが目に浮かびます。「もとな」は、わけもなく、由なく。一生懸命に鳴き歩く鶯の姿を、少し突き放したような、あるいは「そんなに頑張らなくても」と苦笑いするようなニュアンスで結んでいます。

 
1827の「春日」は、奈良市東部の山地。「春日なる」は、春日にある。「羽がひの山」の所在は不明ながら、「羽がひ」は、山と山が合わさって山ふところをなす地形をいうとされます。人麻呂が、死んだ妻がいると聞いて捜しに行った山でもあります(巻第2-210)。「山ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「佐保の内」は、奈良市北部の佐保山と佐保川の間の一帯。「呼子鳥」は、片恋をするとされた鳥で、カッコウともヒヨドリともいわれます。

 
1828は上の歌との連作とみられ、佐保の山辺に住む恋しい人の許に往復するものの、甲斐がないので、自身を呼子鳥に見立てている歌です。「答へぬに」は、返事をしてくれないのに、の意。ここでは、呼子鳥が呼んでいる(と見なされている)相手、すなわち作者が思う相手が反応してくれない状況を指します。「な呼び響めそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「響む」は、鳴り響かせる。「佐保の山辺」は、現在の奈良市北部にある佐保山付近。「上り下りに」は、鳥が山の上へ下へと飛び回りながら鳴き続けている様子。その落ち着かない動きが、歌い手の心の揺れや焦燥感と重なります。

 「呼子鳥」は、そもそも鳴き声を「あこう、あこう」と聞き、「吾子(あこ)、吾子」と自分の子を呼んでいるというところからの名とされ、紀州には次のような民間説話があります。―― 継母(ままはは)が継子(ままこ)を谷に突き落として殺してしまった。それを知った父親は、山に我が子を捜しに行き、吾子、吾子と呼び続けて死んで、くゎっこうになったという。――

 


呼子鳥(よぶこどり)

 鳴き声が人を呼ぶように聞こえるところから、カッコウという説が有力ですが、ほかにウグイス、ホトトギス、ツツドリなどとする説があります。また、自然現象の山彦について、地方によって、天邪鬼(あまのじゃく)や山の小僧がまねする言い伝えがあるほか、鳥取では呼子(よぶこ)とか呼子鳥というものが声を発しているのだと伝えています。『万葉集』には、呼子鳥を詠んだ歌が9首あり、『古今集』にも出てきます。古今伝授による三鳥の一つにもなっています。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。