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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-1874~1876

訓読

1874
春霞(はるかすみ)たなびく今日(けふ)の夕月夜(ゆふづくよ)清く照るらむ高松(たかまつ)の野に
1875
春されば樹(き)の木(こ)の暗(くれ)の夕月夜(ゆふづくよ)おぼつかなしも山陰(やまかげ)にして [一に云ふ 春されば木のかげ多き夕月夜]
1876
朝霞(あさがすみ)春日(はるひ)の暮(くれ)は木(こ)の間より移ろふ月を何時(いつ)とか待たむ

意味

〈1874〉
 春霞がたなびいている今宵の月は、さぞ清らかに照らしていることだろう、あの高松の野あたりに。
〈1875〉
 春になって木々が萌え茂り、それが山陰であるので、ただでさえ光の薄い夕月夜が、いっそう薄くほのかだ。
〈1876〉
 春の一日が暮れていったら、今度は、木の間を移り渡る月がいつ出てくるのかと待つことになるのだろう。

鑑賞

 「月を詠む」作者未詳歌3首。1874の「夕月夜」は、夕方に出ている月。「高松」は「高円」と同じとされ、奈良市の東南、春日山から高円山にかけての一帯。「照るらむ」の「らむ」は、現在推量の助動詞。1869番歌から続く春歌群の動きのある春の自然描写から、静謐な夕景へと収斂する歌であり、雨・花・鳥といった具体的対象が前面に出た歌々に対し、本歌では霞と月光という抽象度の高い景物が選ばれ、春の一日の余韻を静かに描き出しています。「清く照るらむ」という表現では、春霞は視界をぼかす存在であるにもかかわらず、月は「清く」照るとされ、相反する性質が調和的に統合されています。

 
1875の「春されば」は、春になったので。「木の暗」は、木が茂って暗くなっているところ。ただし「樹の木の暗の」の「樹の木の」という重複した表現はいかにも拙いため、原文「紀之許能暮之」は本来「許能暮多」だったのではないかとして、コノクレオオミと訓むものもあります。「おぼつかなし」は、ぼんやりとしてはっきりしない。「山陰にして」は、山陰なので。煌々と照り輝く月の美だけではなく、木陰、山陰から見る、おぼろ月の微かな光にも美を見出している歌であり、斎藤茂吉は「巧みでない寧ろ拙な部分の多い歌ではあるが、『おぼつかなしも』の句に心ひかれる」と言っています。

 
1876の「朝霞」は、朝霞のかかる春の日の意で「春日」にかかる枕詞。「移ろふ」は、ここは移動して姿を現す意。「何時とか待たむ」は、何時なのかと待とう。「朝霞」という語が冒頭に置かれていることにより、一日の始まりから終わりまでを貫く霞の存在が意識されます。これは、春という季節がもつ曖昧さ、ものごとが明確になりきらない気配を象徴しており、月の姿が定まらない状況と響き合うものです。また、「移ろふ月」は、花の散りや季節の推移と同質の「変化」を担う存在であり、ここでは、自然の移ろいに人の感情が取り残される形となり、待つことそのものの不確かさが詠嘆されています。

 なお、ここの3首には、たとえば後の『徒然草』137段に「月はくまなきをのみ見るものかは」とあるように、見えない物、不在の物への思い入れがかえって風趣を高めるという心があるかのようでもあります。
 


おほ

 オホは、オボロ(朧)、オボメクのオボと同根で、明瞭でない状態、ぼんやりとした様を示す形状言。霞や霧などを比喩として、視覚の不確かさ、不分明さを示すことが多い。また、いい加減なさま、通り一遍なさま、なおざりなさまを示すこともある。

 オホホシは、オホから派生した形容詞で、不十分な状態を示すとともに、それを歌い手の不安定な心情、晴れやらぬ思いに結びつける。ここでも霞や霧が比喩に用いられることが多い。オホツカナシも、オホから派生した形容詞だが、やはり対象のぼんやりしたありかたから生ずる不安や頼りなさを示す。オホロカも、やはりオホから派生した形容動詞で、この場合は、いい加減なさま、通り一遍なさまを示すところに意味は限定される。

~『万葉語誌』から抜粋引用

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