| 訓読 |
1880
春日野(かすがの)の浅茅(あさぢ)が上(うへ)に思ふどち遊ぶ今日(けふ)の日(ひ)忘らえめやも
1881
春霞(はるかすみ)立つ春日野(かすがの)を行き返り我(わ)れは相(あひ)見むいや年のはに
1882
春の野に心(こころ)延(の)べむと思ふどち来(こ)し今日(けふ)の日は暮れずもあらぬか
1883
ももしきの大宮人(おほみやひと)は暇(いとま)あれや梅をかざしてここに集(つど)へる
| 意味 |
〈1880〉
春日野の浅茅原に、気心の知れた者同士が集まって遊ぶ今日のような一日は、決して忘れようがない。
〈1881〉
春霞がかかっている春日野を、行ったり来たりして、我らは共に眺めよう、来る年も来る年も。
〈1882〉
この春の野で心をのびのびさせようと、親しい者同士でやって来た今日というこの日、このまま暮れなければよいのに。
〈1883〉
大宮人たちは暇(いとま)があるからだろうか、梅をかざしてここに集まっている。
| 鑑賞 |
「野遊(野に遊ぶ)」作者未詳歌4首。「野遊」は、本来、春の一日、村人が野山に出かけて遊ぶ民間行事で、宮廷人らもこの習俗にならって春を楽しんでいたらしいことがここの歌から知られます。1880の「浅茅」は、丈の低い茅(ちがや)。「思ふどち」は、親しい仲間。「遊ぶ」は、遊宴・狩猟・音楽などに興じる意。「忘らえめやも」の「え」は自発の助動詞「ゆ」の未然形。「や」は反語。前歌(1879)で描かれた春日野の生活景を受け、煙を遠くから眺める視点から、同じ場に身を置く当事者の視点へと転じています。人びとが実際にその野に集い、時を共有する喜びを正面から詠んでおり、「思ふどち」という語が示すように、本歌の主題は個人の感懐ではなく、共感によって結ばれた集団的感情となっています。自然の中で心を通わせ、同じ時間を生きるという体験が、「今日の日」という一回性の強調によって、かけがえのないものとして意識されています。
1881の「行き返り」は、行ったり来たりして散策すること。または、行っては帰り、また訪れることで、継続的な往来。「相見む」は、共に見る、互いに見る。「いや年のはに」の「いや」は、ますます、いよいよ。「年のはに」は、年を重ねるごとに、年ごとに、の意。前歌で詠まれた「今日の日」の一回的な歓びを受け継ぎつつ、それを未来へと開いていく意志を示している歌です。
1882の「心延べむと」は、心をのびのびさせようと、くつろがせようと。「来し今日の日」の「来し」は、過去を回想する語で、すでに過ぎつつある現在を振り返る視点を示します。「暮れずもあらぬか」の「あらぬか」は、~してくれないものか。「ぬか」は、打消しの助動詞「ぬ」に疑問の助詞「か」が付くことで、願望を示します。前歌が未来への継続を誓う内容であったのに対し、本歌では現在の充実をできるだけ長く保ちたいという願いが強調されています。「暮れずもあらぬか」という率直な願望表現は、技巧的な含みを持たず、感情の即時性をそのまま言葉にしているもので、この素直さが、春の一日の楽しさと、それが過ぎゆくことへの名残惜しさを鮮明に伝えています。
1883の「ももしきの」は「大宮」の枕詞。「大宮人」は宮中に仕える人。「暇あれや」は反語的表現で、暇があるだろうか、いやないはずだ、の意。宮廷勤仕の忙しさを前提としつつ、その拘束を一時的に離れて自然に身を委ねる姿を際立たせる表現とされます。「かざす」は、きれいな花や枝を折って髪に挿すこと。春の野に集う人々の長閑な光景が目に浮かびますが、この歌はひょっとして、野で遊びまわっている官僚たちを「暇があるのか!」と非難しているのでしょうか、それとも大宮人みずから梅見の集いの楽しさを歌っているのでしょうか。大宮人たちの毎日の勤務は夜明けからお昼までで、週休1日だったといいます。作者未詳とされるこの歌は、『新古今集』春下には、山部赤人の作として、梅を桜に、また下の句を変えて載せられています。
「ももしきの大宮人は暇あれや桜かざして今日も暮らしつ」
こちらでは「暇があるからか」の疑問ではなく、「暇があるのだなあ」という、穏やかな詠嘆の表現になっています。また、梅が桜に変わっているのは、平安時代以降、花といえば桜になったからなのでしょう。

『万葉集』に詠まれた植物
1位 萩 142首
2位 こうぞ・麻 138首
3位 梅 119首
4位 ひおうぎ 79首
5位 松 77首
6位 藻 74首
7位 橘 69首
8位 稲 57首
9位 すげ・すが 49首
9位 あし 49首
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