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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-1884・1885

訓読

1884
冬過ぎて春し来(きた)れば年月(としつき)は新たなれども人は古(ふ)りゆく
1885
物(もの)皆(みな)は新たしきよしただしくも人は古(ふ)りにしよろしかるべし

意味

〈1884〉
 冬が過ぎて春がやってくると、年月は新しくなるけれども、人は古くなっていく。
〈1885〉
 物というものはみな新しいものがよいが、人は古くなるのがよろしかろう。

鑑賞

 題詞に「旧(ふ)りにしを嘆く」とあり、つまり「老いを嘆く」作者未詳歌2首。1884の「春し」の「し」は、強意の副助詞。「人は古りゆく」の「古る」は、年を経て老いていくこと。本歌は、これまでの1869番歌以降に連なる春歌群に見られた、自然の美や遊楽の歓びから一転し、時間の本質を静かに見据えた思索的作品となっています。花や霞の具体的景物は姿を消し、季節そのものと人間の存在とが抽象的に対置され、「年月は新たなれども/人は古りゆく」という明快な二項対立が特色になっています。自然界は循環し、常に新たな姿で出現するのに対し、人間は一方向的に老いへと向かう。この循環と不可逆の対照が、簡潔な言葉で鋭く表現されています。

 
1885の「ただしくも」は、それはそれとして、そうはいうものの。「よろしかるべし」の「べし」は、推量の助動詞。なお、別の解釈として、2句目の「新たしきよし」の「よし」を、理由・趣旨を示す「〜ということで」の意だとして、万物が新しくなるという一般的事実を述べたものと解し、結句の「よろしかるべし」の「よろし」を、ここでは当然だ、差し支えない、の意だとして、全体を「万物は皆、新しくなるものだというのはもっともだ。しかし、人が年を取って古くなるのも、また道理として当然であろう」のように解するものもあります。一般には、1884では、年は新しくなっても人間は古くなっていきますね、と歌い、1885では、いやいや物のほうは新しいのがよいが、人間は古くなっていくのがいいんだ、と否定しているものとされます。

 これらの歌から想起するのが、中国初唐の詩人、
劉廷芝(りゅうていし)の『代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わって)』にある「年々年歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」の一節です。来る年も来る年も、花は同じように咲いているが、それを見る人は同じではない・・・。
 


枕詞あれこれ

  • 神風(かむかぜ)の
    「伊勢」に掛かる枕詞。日本神話においては、伊勢は古来暴風が多く、天照大神の鎮座する地であるところからその風を神風と称して神風の吹く地の意からとする説や、「神風の息吹」のイと同音であるからとする説などがある。
  • 草枕
    「旅」に掛かる枕詞。旅にあっては、草を結んで枕とし、夜露にぬれて仮寝をしたことから。
  • 韓衣(からごろも)
    「着る」「袖」「裾」など、衣服に関する語に掛かる枕詞。「韓衣」は、中国風の衣服で、広袖で裾が長く、上前と下前を深く合わせて着る。「唐衣」とも書く。
  • 高麗錦(こまにしき)
    「紐」に掛かる枕詞。「高麗錦」は、高麗から伝わった錦または高麗風の錦で、高麗錦で紐や袋を作ったところから。
  • 隠(こも)りくの
    大和国の地名「泊瀬(初瀬)」に掛かる枕詞。泊瀬の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから。
  • さねかづら
    「後も逢ふ」に掛かる枕詞。「さねかづら」は、つる性の植物で、つるが分かれてはい回り、末にはまた会うということから。
  • 敷島の/磯城島の
    「大和」に掛かる枕詞。「敷島」は、崇神天皇・欽明天皇が都を置いた、大和国磯城 (しき) 郡の地名で、磯城島の宮のある大和の意から。
  • 敷妙(しきたへ)の
    「枕」に掛かる枕詞。「敷妙」は、寝床に敷く布団の一種。寝具であるところから、他に「床」「衣」「袖」「袂」「黒髪」などにも掛かる。
  • 白妙(しろたへ)の
    白妙で衣服を作るところから、「衣」「袖」「紐」など衣服に関する語に掛かる枕詞。また、白妙は白いことから「月」「雲」「雪」「波」など、白いものを表す語にも掛かる。

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。