| 訓読 |
1884
冬過ぎて春し来(きた)れば年月(としつき)は新たなれども人は古(ふ)りゆく
1885
物(もの)皆(みな)は新たしきよしただしくも人は古(ふ)りにしよろしかるべし
| 意味 |
〈1884〉
冬が過ぎて春がやってくると、年月は新しくなるけれども、人は古くなっていく。
〈1885〉
物というものはみな新しいものがよいが、人は古くなるのがよろしかろう。
| 鑑賞 |
題詞に「旧(ふ)りにしを嘆く」とあり、つまり「老いを嘆く」作者未詳歌2首。1884の「春し」の「し」は、強意の副助詞。「人は古りゆく」の「古る」は、年を経て老いていくこと。本歌は、これまでの1869番歌以降に連なる春歌群に見られた、自然の美や遊楽の歓びから一転し、時間の本質を静かに見据えた思索的作品となっています。花や霞の具体的景物は姿を消し、季節そのものと人間の存在とが抽象的に対置され、「年月は新たなれども/人は古りゆく」という明快な二項対立が特色になっています。自然界は循環し、常に新たな姿で出現するのに対し、人間は一方向的に老いへと向かう。この循環と不可逆の対照が、簡潔な言葉で鋭く表現されています。
1885の「ただしくも」は、それはそれとして、そうはいうものの。「よろしかるべし」の「べし」は、推量の助動詞。なお、別の解釈として、2句目の「新たしきよし」の「よし」を、理由・趣旨を示す「〜ということで」の意だとして、万物が新しくなるという一般的事実を述べたものと解し、結句の「よろしかるべし」の「よろし」を、ここでは当然だ、差し支えない、の意だとして、全体を「万物は皆、新しくなるものだというのはもっともだ。しかし、人が年を取って古くなるのも、また道理として当然であろう」のように解するものもあります。一般には、1884では、年は新しくなっても人間は古くなっていきますね、と歌い、1885では、いやいや物のほうは新しいのがよいが、人間は古くなっていくのがいいんだ、と否定しているものとされます。
これらの歌から想起するのが、中国初唐の詩人、劉廷芝(りゅうていし)の『代悲白頭翁(白頭を悲しむ翁に代わって)』にある「年々年歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」の一節です。来る年も来る年も、花は同じように咲いているが、それを見る人は同じではない・・・。

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