| 訓読 |
1944
藤波(ふぢなみ)の散らまく惜(を)しみ霍公鳥(ほととぎす)今城(いまき)の岡(をか)を鳴きて越ゆなり
1945
朝霧(あさぎり)の八重山(やへやま)越えて霍公鳥(ほととぎす)卯(う)の花辺(はなへ)から鳴きて越え来(き)ぬ
1946
木高(こだか)くはかつて木植ゑじ霍公鳥(ほととぎす)来(き)鳴き響(とよ)めて恋(こひ)増さらしむ
1947
逢ひかたき君に逢へる夜(よ)霍公鳥(ほととぎす)他(あた)し時ゆは今こそ鳴かめ
1948
木(こ)の暗(くれ)の夕闇(ゆふやみ)なるに [一云 なれば] 霍公鳥(ほととぎす)いづくを家と鳴き渡るらむ
| 意味 |
〈1944〉
藤の花の散るのを惜しんで、ホトトギスが今城の岡を鳴きながら越えていった。
〈1945〉
朝霧が立ち込める幾重もの山を越えて、ホトトギスが卯の花が咲く辺りを通って、鳴きながらやってきた。
〈1946〉
高々と茂るような木は決して植えまい。ホトトギスが梢に飛んできて、しきりに鳴くとホトトギスへの思いが募るばかりだから。
〈1947〉
滅多に逢えないお方に逢っている今宵。ホトトギスよ、ほかの時より、今こそ激しく鳴いておくれ。
〈1948〉
木陰が真っ暗になってしまう夕闇なのに、ホトトギスは、いったいどこを棲みかと定めて鳴き渡っていくのだろう。
| 鑑賞 |
作者未詳の「鳥を詠む」歌5首。 1944の「藤波」は、藤の花房を波に見立てた歌語。「散らまく惜しみ」の「散らまく」は「散る」のク語法、「惜しみ」は「惜し」のミ語法。「今城の岡」は所在未詳ながら、奈良県吉野郡大淀町今木、京都府宇治市彼方町の東、離宮山などの説があります。「越ゆなり」の「なり」は、伝聞推定の助動詞。藤の花の散華を惜しむ心と、ホトトギスの去来する声とを重ねることで、初夏の一瞬の美と、それが過ぎ去っていくことへの感慨を静かに表現しています。自然の変化に寄り添う人の繊細な情感が、簡潔な構成の中に凝縮された一首といえます。
1945の「朝霧の」は、清新でありながら視界を遮る存在として、情景と心情の双方に作用する語であると共に、深く立つ意で「八重山」にかかる枕詞。「八重山」は、重なり合う山々。「卯の花辺から」は、卯の花の咲く辺りを通って。「から」は「より」と同じく起点・通過点を示す格助詞ですが、歌に用いられる例は少なく、「より」に比べて口語的であったためとされます。初夏の自然要素を連ね、視覚と聴覚の両面から季節の移ろいを描き出している歌で、期待や嘆きを含まず、渡来の事実そのものを喜びとして受け止める点に、明朗で晴れやかな抒情が感じられます。
1946の「木高くはかつて木植ゑじ」」の「かつて」は打消しを伴い、決しての意。高い木は決して植えまい、の意。木が高くなること自体が問題なのではなく、そこにホトトギスが来て鳴く状況を招く原因として、誇張的に語っているものです。「響めて」は、あたり一帯に響かせて。「恋増さらしむ」は、上掲のようにホトトギスへの思いと解しましたが、人恋しさを募らせる、のように解するものもあります。
1947は、客が来て酒宴を開き、主人方が客をもてなすために詠んだ歌とされます。「他し時ゆは」の「ゆ」は比較で、~より。原文「他時從者」で、コトトキヨリハと訓むものもあります。「今こそ鳴かめ」の「こそ~め」は、他者のことについて勧誘・希望を表す語法で、ホトトギスに向けた呼びかけの形をとり、この喜びの時にこそ鳴いてほしいという願いを表しています。霍公鳥は、初夏のころに山からやって来て、一時期さかんに鳴き立てて、間もなく去っていきます。
1948の「木の暗 」は、木の下の暗がり、木陰。「夕闇なるに」は、夕闇であるのに。「夕闇」は、月の出ない夕暮れで、日没後、月の出までの一時的に暗い時間帯。「鳴き渡るらむ」の「らむ」は、現在推量の助動詞。霍公鳥は、姿の見えぬまま声だけが聞こえる存在として提示され、夕闇という限定された時間と、「鳴き渡る」という動的表現とを組み合わせることで、霍公鳥の孤独な姿を想像させ、その想像は、作者自身の心情へと重なり、静かで内省的な余韻を残しています。視覚を抑え、聴覚と想念によって情景を構築する点に表現上の妙があり、また、「鳴く鳥はどこに住むのか」という問いは、読み手を空間的思索へ誘っています。

ホトトギス
ホトトギス科の鳥で、鳩よりやや小さく全長27、8cm。頭と背が黒っぽい灰色、腹は白く、黒い黄斑があります。冬は南方で過ごし、日本へは初夏(5月ごろ)に渡来し、山から人里に来て鳴きます。鳴き声は、テッペンカケタカまたはトッキョキョカキョクなどと聞き馴らされています。万葉時代とくに後期以降に愛好され、集中に詠まれた鳥の中で最も多く、153首に歌われています。中でも大伴家持に64首もあり、こよなくホトトギスを愛したことが窺えます。
なお、『万葉集』でのホトトギスの表記は、一字一音で書く以外はすべて「霍公鳥」となっています。中国では一般に杜鵑、子規、杜宇などのほか多くの表記がありますが、霍公鳥はなく、出典が明らかではありません。これを音読すれば、クヮクコウ鳥であるため、郭公(かっこう)と何らかの関係があるものと考えられます。両者はともに鳴き声からつけられた名で、鳴き方はホトトギスが鋭く激しいのに対し、カッコウはのどかにゆったり鳴くので、対照的です。しかし、ともにホトトギス科に属し、体長はカッコウがやや大きい程度で、体形・体色それに托卵の習性など、多くの類似点があります。しかも『万葉集』には、あの親しみやすい鳴き声のカッコウを詠んだ歌が一首もないことが、古くから問題とされています。
そこで、万葉でいうホトトギスは、霍公鳥の文字からしても、実はカッコウではないかとか、両者を含むホトトギス科の鳥の総称であろうとか、あるいは当時はそれぞれを別の鳥とする認識がなく、同じ鳥が夜昼や雌雄または幼鳥と成鳥などの違いによってさまざまに鳴くと考えられていたのだろう、などと言われています。
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