| 訓読 |
1959
雨晴(あまば)れの雲にたぐひて霍公鳥(ほととぎす)春日(かすが)をさしてこゆ鳴き渡る
1960
物思(ものも)ふと寐寝(いね)ぬ朝明(あさけ)に霍公鳥(ほととぎす)鳴きてさ渡るすべなきまでに
1961
我(わ)が衣(きぬ)を君に着せよと霍公鳥(ほととぎす)我(わ)れをうながす袖(そで)に来居(きゐ)つつ
1962
本(もと)つ人(ひと)霍公鳥(ほととぎす)をやめづらしく今か汝(な)が来(こ)し恋ひつつ居(を)れば
1963
かくばかり雨の降らくに霍公鳥(ほととぎす)卯(う)の花山(はなやま)になほか鳴くらむ
| 意味 |
〈1959〉
雨が上がり、去り行く雲の流れに連れ添って、ホトトギスが、ここから春日のあたりに向かって鳴き渡っていく。
〈1960〉
物思いをして寝られなかった夜明けに、ホトトギスが鳴きながら飛んでいった。何ともやるせないまでに。
〈1961〉
私が着ている衣をあの方に着せなさいと、ホトトギスがしきりに催促しています。私の袖に来てとまって。
〈1962〉
古なじみのあの人が、ホトトギスを珍しがって来てくれたのか、ちょうどあの人を恋しがっていたところへ。
〈1963〉
こんなにも雨が降り続くのに、ホトトギスは、卯の花が咲きにおう山辺で、今もなお鳴いているのだろうか。
| 鑑賞 |
作者未詳の「鳥を詠む」歌5首。1959の「雨晴れ」は、雨が上がって晴れ間がのぞいた時の意。「たぐひて」は、一緒に連れ添って、伴って。「春日」は、平城京東方の春日野・春日山一帯「こゆ」は、ここから。本歌は、雨後の空という清新な自然背景のもと、ホトトギスの飛翔と鳴き声を雄大な空間描写として捉えた一首であり、前歌までが、追憶・惜別・定着への願望といった内面的情感を軸に展開してきたのに対し、視線が大きく外界へと開かれ、動的かつ明朗な景の把握が際立っています。
1960の「物思ふと」は「物思ふとて」で、物思いをして。「さ渡る」の「さ」は、接頭語。「すべなきまでに」は、やるせないまでに。持って行き場のない心理状態を言っています。ホトトギスはこれまで、追憶、惜別、定着への願望、自然の運行といった多様な意味を担ってきましたが、本歌では、作者の孤独な覚醒状態と直接に向き合う存在として現れています。自然はもはや慰めや象徴ではなく、作者の苦悩を増幅させる契機として機能しており、きわめて内省的な一首となっています。
1961の「我が衣を」の原文「吾衣」で、ワガコロモ、アガコロモなどと訓むものもあります。「我れをうながす」の原文「吾乎領」で、「領」は督促する意。よく分からない歌として、さまざまな解釈がありますが、ここはホトトギスの鳴き声を「衣君に着せ」と聞きなして詠んだとする説に従っています。妻が夫に衣を贈る時に添えた歌とされ、『万葉集』において「衣」はしばしば身体性や親密さ、さらには男女の結びつきを象徴する語であり、ここでは相手と一体になりたいという強い思慕の比喩として機能しています。そして、その欲求を直接語るのではなく、「霍公鳥」が「我れをうながす」と詠まれている点に、本歌の表現上の特色があります。
1962の「本つ人」は、古なじみの人。「霍公鳥をや」の「をや」は、逆説的詠嘆をこめてそこで軽く止める語法。「今か汝が来し」の「か」は疑問の係助詞で「来し」で結んでいます。待ち続けてきた対象がついに現れたという驚きと感慨が込められており、「今か」という疑問的表現は、現実の出来事をなお信じきれない心情を映し出し、恋の成就が突然にもたらされたことを強調しています。なお上掲の解釈とは別に、ホトトギスを旧知の人に見立て、来るのが遅かったという気持と、しかしまあよく来てくれたという気持を込めて詠んだ歌と解するものもあります。
1963の「雨の降らくに」の「降らく」は「降る」のク語法で、雨の降ることであるのに。「卯の花山」は、卯の花の咲いている山で、詩的な造語。「なほか鳴くらむ」は、それでもなお鳴いているのであろうか。雨に妨げられることなく鳴き続ける霍公鳥の執念深さ、あるいは使命感のようなものを強調しています。この鳴き声を、前歌群で示された恋心の象徴と重ね合わせるならば、たとえ障害や困難があっても止むことのない思慕の比喩として読むこともできます。

ホトトギスの故事
霍公鳥(ホトトギス)は、特徴的な鳴き声と、ウグイスなどに托卵する習性で知られる鳥で、『万葉集』には153首も詠まれています(うち大伴家持が65首)。霍公鳥には「杜宇」「蜀魂」「不如帰」などの異名がありますが、これらは中国の故事や伝説にもとづきます。
長江流域に蜀(古蜀)という貧しい国があり、そこに杜宇(とう)という男が現れ、農耕を指導して蜀を再興、やがて帝王となり「望帝」と呼ばれた。後に、長江の治水に長けた男に帝位を譲り、自分は山中に隠棲した。杜宇が亡くなると、その霊魂はホトトギスに化身し、農耕を始める季節が来ると、鋭く鳴いて民に告げた。また後に蜀が秦によって滅ぼされてしまったことを知った杜宇の化身のホトトギスは、ひどく嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。=
帰りたい)と鳴きながら血を吐くまで鳴いた。ホトトギスの口の中が赤いのはそのためだ、と言われるようになった。
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