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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2000~2003

訓読

2000
天(あま)の川(がは)安(やす)の渡りに舟(ふね)浮(う)けて秋立つ待つと妹(いも)に告げこそ
2001
大空ゆ通(かよ)ふ我(わ)れすら汝(な)がゆゑに天(あま)の川道(かはぢ)をなづみてぞ来(こ)し
2002
八千桙(やちほこ)の神の御代(みよ)よりともし妻(づま)人知りにけり告げてし思へば
2003
我(あ)が恋ふる丹(に)のほの面(おも)わ今夕(こよひ)もか天の川原(かはら)に石枕(いしまくら)まく

意味

〈2000〉
 天の川の安の船着き場で舟を浮かべ、七夕の秋がやってくるのをひたすら待っていると、あの子に伝えてほしい。
〈2001〉
 大空を自在に往き来している私だが、あなたに逢うために、定められた天の川の川道を難渋しながらやってきたよ。
〈2002〉
 遠い神の御代から、めったに逢えない妻であることを、人々に知れ渡ることになった。使いの者に思いを告げつづけてきたものだから。
〈2003〉
 我が恋い焦がれているほんのり赤い頬のあの子は、今宵も天の川原で石を枕にして独り寝ているだろうか。

鑑賞

 『柿本人麻呂歌集』から「七夕(しちせき)」の歌4首で、いずれも牽牛の立場で詠んだ歌。2000の「安の渡り」の「安」は、記紀の神話に出ている高天原にある川、「渡り」は渡し場。ここは、日本神話と七夕伝説のそれぞれの川が融合され同一視されています。「浮けて」は、浮かべて。舟を準備して、の意。「秋立つ待つと」は、七夕の季節の秋が立つのを待っていると。「秋立つ」は、立秋を意識した表現。「妹」は、織女。「告げこそ」の「こそ」は、希求の助詞。

 
2001の「大空ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「我れすら」は、そんな私だが、その私にしてからが、の意。「汝がゆえに」の「汝」は、織女を指したもの。あなたのために。「天の川道」は、天の川を「道」と捉えた表現。「なづむ」は、障害物があって行き悩むこと。「来し」は、上の「ぞ」の係り結びで連体形。地上の夫婦間にあって、夫が妻のもとへ通って行った時に、道を難渋して来たことを言って、その真心を示すのと同様、牽牛も織女に向かって言った形の歌です。

 
2002の「八千桙の神の御代より」の「八千桙」は『古事記』の沼河比売(ぬなかわひめ)との恋物語に登場する大国主命のことで、国土開発の神。七夕をわが国のものとして言っています。「ともし妻」は、逢える機会の極めて乏しい妻。「告げてし思へば」の「し」は強意の助詞で、使いの者を通して心のうちを告げては思い続けているので、の意。神話的時間から現在の個人的体験へと一気に収束する構成の中で、秘めた恋は必ず露見するという宿命と、それを招いた自責の思いを歌っています。

 
2003の「丹のほの面わ」の「丹」は、赤い色、「ほ」は、目立つもの、「面わ」の「わ」は輪郭のことで、顔つき。紅い頬のふっくらしたあの子は、の意。「石枕まく」の「まく」は、枕にする意で、川辺で独り寂しく寝ること。窪田空穂は、「顔と枕の続きが感覚的」と言っていますが、天の川原に石枕するという幻想的かつ苛酷な設定は、恋が安らぎを与えるものではなく、耐え忍ぶ行為であることを象徴的に示しています。一連の天の川歌群の中でも、内省的かつ哀感の濃い一首であると言えます。
 


七夕の歌

 中国に生まれた「七夕伝説」が、いつごろ日本に伝来したかは不明ですが、上代の人々の心を強くとらえたらしく、『万葉集』に「七夕」と題する歌が133首収められています。それらを挙げると次のようになります。

巻第8
山上憶良 12首(1518~1529)
湯原王 2首(1544~1545)
市原王 1首(1546)
巻第9
間人宿祢 1首(1686)
藤原房前 2首(1764~1756)
巻第10
人麻呂歌集 38首(1996~2033)
作者未詳 60首(2034~2093)
巻第15
柿本人麻呂 1首(3611)
遣新羅使人 3首(3656~3658)
巻第17
大伴家持 1首(3900)
巻第18
大伴家持 3首(4125~4127)
巻第19
大伴家持 1首(4163)
巻第20
大伴家持 8首(4306~4313)

 このうち巻第10に収められる「七夕歌」について、『日本古典文学大系』の「各巻の解説」に、次のように書かれています。

―― 歌の制作年代は、明日香・藤原の時代から奈良時代に及ぶものと見られ、風流を楽しむ傾向の歌、繊細な感じの歌、類想、同型の表現、中国文化の影響などが相当量見出される点からして、当代知識階級の一番水準の作が主となっていると思われる。同巻のうちにも、他の巻にも、類想・類歌のしばしば見られるのはその為であろう。――

 また、巻第10所収の『柿本人麻呂歌集』による「七夕歌」には、牽牛と織女のほかに、二人の間を取り持つ使者「月人壮士」が登場しており、中国伝来のものとは違う、新たな「七夕」の物語をつくりあげようとしたことが窺えます。 

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古典に親しむ

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