| 訓読 |
2004
己夫(おのづま)にともしき子らは泊(は)てむ津の荒礒(ありそ)巻きて寝(ね)む君待ちかてに
2005
天地(あめつち)と別れし時ゆ己(おの)が妻しかぞ離(か)れてあり秋待つ我(わ)れは
2006
彦星(ひこほし)は嘆かす妻に言(こと)だにも告げにぞ来つる見れば苦しみ
2007
ひさかたの天(あま)つ印(しるし)と水無(みな)し川(がは)隔(へだ)てて置きし神代(かみよ)し恨(うら)めし
| 意味 |
〈2004〉
自分の夫に滅多に逢えない織女は、今宵もまた舟の着く港の荒磯を枕にして寝るのだろう、夫を待ちかねて。
〈2005〉
天と地が分かれた遠い昔から、妻とこのように離れ離れに暮らしつつ、ひたすら秋が来るのを待っている、この私は。
〈2006〉
嘆き悲しむ妻に、せめて言葉だけでも伝えようと思ってやって来た。逢うと辛いので。
〈2007〉
大空の境界の目印として水無し川を置き、二人を隔ててしまった神代の定めがうらめしい。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「七夕(しちせき)」の歌4首。2004の「己夫」は、織女の夫である牽牛。「ともしき」は、滅多に逢えない、珍しく思う。「子ら」の「ら」は接尾語で、織女を指します。「泊てむ」の「む」は、推量。「荒磯」は、石の多い水辺。「荒礒巻きて寝む」は、単独母音アを含む字余り句。「待ちかてに」の「かてに」は、~することができる意の動詞「かつ」の未然形「かて」に、打消しの助動詞「ぬ」の連用形「に」が付いたもの。待ちかねて。第三者の立場で、七夕の夜の織女を思いやった歌です。
2005の「天地と別れし時ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。天地開闢の昔から。「己が妻」は、牽牛の妻である織女。「しかぞ離れてあり」の「しかぞ」は、このように、の意の係助詞構文。原文「然叙手而在」は、訓が定まらない部分で、シカゾテニアル、カクゾトシニアルなどと訓むものもあります。天地開闢を引く壮大な譬喩を通じて、逢えぬ妻を待ち続ける心を、宇宙的時間感覚の中で詠み上げた歌となっており、窪田空穂は、「調べの張ったさわやかな歌」と評しています。
2006の「嘆かす」は「嘆く」の敬語。「言だにも」は、言葉だけでも。「見れば苦しみ」は、逢うと辛いので。ただ、定説となっている上掲の解釈に対し、逢うのが辛いと言いつつ言葉を告げようというのは、対面を前提にしていることと意味が繋がらないとの批判から、「嘆き悲しむ妻に逢うとお互いに苦しいので、言葉さえ告げないで来た」のように解すべきとの説があります。
2007の「ひさかたの」は「天」の枕詞。集中50例ある枕詞で、天・雨・月などにかかりますが、語義・掛かり方とも未詳。「天つ印」は、天上の標識の意で、みだりに越えてはならないことを示す標識。「水無し川」は、地表を水が流れない川で、ここは天の川のこと。「隔てて置きし」は、意図的に隔離したという含意をもつ表現で、神の意思による分断を示します。「神代し」の「し」は、強意の助詞。神によって定められた隔絶への恨みを述べた歌です。

乞巧奠と日本の神事との融合
乞巧奠(きっこうでん/きっこうてん)とは、奈良時代に中国から伝わり、日本の宮中や貴族の間で行われた七夕(たなばた)の原形となった伝統的な星祭りです。「乞巧(巧みを乞う)」の名が示す通り、女子が針仕事や手芸、裁縫、文芸などの上達を星に祈る行事として導入され、織姫(織女星)と彦星(牽牛星)に、裁縫や機織りだけでなく、詩歌・管弦・書道などの技芸上達を祈って祭壇にお供え物をする行事を指します。
乞巧奠が日本に定着する過程で、元々古代日本に存在していた「棚機津女(たなばたつめ)」の神事や水神信仰と深く融合しました。古代日本には、村の清らかな乙女(棚機津女)が人里離れた機織り小屋(水辺の棚)に籠もり、神のために衣を織って迎え、秋の収穫の祈りと穢れを祓う神事がありました。この「棚機(たなばた)」の思想が、中国の織女人格と重なり合い、「七夕」を「たなばた」と読む基盤となりました。
乞巧奠が行われる旧暦7月7日は、お盆(7月15日)を迎えるための準備期間(初七日)にあたります。川や海で身を清める「祖霊を迎えるための禊(みそぎ)」の風習が、天の川を渡る物語や水辺で星を祀る乞巧奠の様式と融合しました。また、牽牛・織女の七夕説話は、中国では農業と養蚕・手芸の象徴であったのが、日本の「初秋の作物の実りを祈る農耕儀礼」と合致し、秋の訪れを祝う行事としての性格を強めました。
このように、中国渡来の洗練された宮廷風流である「乞巧奠」と、日本古来の「棚機津女による神送りの禊」や「お盆前の清め」が組み合わさったことで、『万葉集』に詠まれるような、抒情豊かで神聖な「日本の七夕」が形作られました。
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『万葉集』クイズ
それぞれの歌の〇の中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。
【解答】 1.あめ(天) 2.むな(空) 3.しろがね(銀) 4.かぐ(香具) 5.のもり(野守) 6.うねめ(采女) 7.ともしび 8.ましろ(真白) 9.しるし(験) 10.よのなか(世間)
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