| 訓読 |
2008
ぬばたまの夜霧(よぎり)に隠(こも)り遠くとも妹(いも)が伝へは早く告(つ)げこそ
2009
汝(な)が恋ふる妹(いも)の命(みこと)は飽き足(だ)らに袖(そで)振る見えつ雲隠(くもがく)るまで
2010
夕星(ゆふつづ)も通ふ天道(あまぢ)をいつまでか仰(あふ)ぎて待たむ月人壮士(つきひとをとこ)
2011
天の川い向(むか)ひ立ちて恋しらに言(こと)だに告げむ妻(つま)どふまでは
2012
白玉(しらたま)の五百(いほ)つ集(つど)ひを解(と)きもみず我(わ)れは寝(ね)かてぬ逢はむ日待つに
| 意味 |
〈2008〉
暗い夜霧に隠された道のりは遠く大変だろうけれど、愛しい彼女の伝言は一刻も早く伝えてほしい。
〈2009〉
あなたの愛する奥方の、物足りなさゆえに、しきりに袖を振って別れを惜しむ姿が見えましたよ、あなたが雲に隠れてしまうまで、ずっと。
〈2010〉
もう日が暮れて、宵の明星も空の道を往き来しているのに、いつまで見上げて彦星が川を渡るのを待てばいいの、月人壮士よ。
〈2011〉
天の川にずっと向かい合っていると、妻が恋しくてならず、せめて言葉だけでも伝えよう、逢える日が来るまでは。
〈2012〉
白玉がいっぱい連なった首飾りをかけたまま、私は独り寝られないでいます。お逢い出来る日をひたすら待ち焦がれて。
| 鑑賞 |
『柿本人麻呂歌集』から「七夕」の歌5首。2008の「ぬばたまの」は「夜」の枕詞。「夜霧に隠り」は、夜の霧に包まれて見えない意。「妹が伝へ」は、妹からの伝言、言葉。「早く告げこそ」の「こそ」は、相手に希求する意を表す助詞。ここは使者に対して語りかけているもので、牽牛が織女のもとへ使をやり、夜霧の籠めている空を見やりながら、その帰りを待ち遠しくしている歌です。
2009の「汝が恋ふる」は、地上の第三者が牽牛に呼びかけた表現。「妹の命は」は、織女に対する尊称。「飽き足らに」は、充分満足できないので。「袖振る」は、別れを惜しむさま。なお、歌の解釈について、「いつまでも飽きずに袖を振る奥方の姿が、雲に隠れるまで見えていたよ」とするものもあります。この歌について、窪田空穂は次のように述べています。「七日の夜が明けて、彦星がそのいるべき所へ帰る途中、彦星の従者格の者が、彦星に告げた語である。それは彦星があまりに女々しくはしまいとして振り返らずにいる心中を察して、慰めの心からいったものである。従者格の者の一語を通じて、全面の状態をあらわしている歌で、劇的手腕を思わせる作である」。
2010の「夕星」は、宵の明星である金星。「天道」は、天の川ではなく、黄道といわれる、太陽や月、惑星が行く天の道。金星は宵は東に現われ、夜明けには西に見えて、一夜に空を自由に渡るので、そうした天上の道のことを言っています。「月人壮士」は、月を若い男子に見立てて擬人化した呼び名。私たちの知る七夕伝説に月は登場しませんが、『万葉集』では月も登場し、牽牛と織女の間を取り持つ使者の役割を持っています。「仰ぎて」の語があるので、この歌も地上の第三者の詠と見られます。
2011の「い向かひ」の「い」は、語調を整えたり意味を強めたりする接頭語。「恋しらに」は、恋しさゆえに。「ら」は、情態を示す体言を作る接尾語。「言だに」の「だに」は最小限の希望で、せめて言葉だけでも。「妻どふ」は、妻と逢う意。七夕の夜以前の、牽牛の織女に対する心を歌った歌です。
2012の「白玉」は、真珠。「白玉の五百つ集ひ」は、多くの真珠を緒に貫いて集めた物で、織女の首飾りを言っているとされます。「解きもみず」は、解きもせずで、共寝をすることがないので、の意を匂わせます。「我れは寝かてぬ」の「かてぬ」は、不可能の意。~することができる意の動詞「かつ」未然形「かて」に、打消しの助動詞の終止形「ぬ」が付いたもの。織女の七日の夜以前の心を言った歌です。
以上、1996からここまでの歌は、七夕当日以前の時が多く詠まれている歌群であり、さらには、月人壮士が、年に一度しか逢うことのできない二星の様子を伝える使者の役割を果たしているとして、月人壮士と牽牛との対詠であるとの見方もあります。その二人の対詠によって、七夕以前の牽牛・織女が逢うことのできる当日を待ちわびる様が描かれているというのです。

こと(言・事)
言葉を意味する「言(こと)」と事柄を意味する「事」とは、元来相通じる概念であった。モノが言葉による認識以前に存在するのに対して、コト(事)は言葉による認識作用・形象作用によってこそ形を与えられるためである。
『万葉集』の相聞歌にしばしば歌われる「人言(ひとごと:周囲の噂)」の多くが、原文に「人事」と記されているのも、「言」と「事」とが相通じる概念であったことを示しており、現代において「さっき話したこと、絶対内緒だよ」などと言った場合の「こと」が言葉であるのか事柄であるのか不明瞭である点にも、それは引き継がれている。
「言」と「事」とが相通じるところに生じてくる信仰に「言挙げ」がある。「言挙げ」とは、日常の言葉とは異なる様式によって、祈りをこめて言葉を発することであり、「言挙げ」の力によって「言」として発された内容が「事」として実現するという信仰である。その言葉に「言霊(ことだま)」が宿っているからだと考えられていた。ただし、言語呪術である「言挙げ」はむやみに行うものではなかった。「言挙げ」はよほどの危機を乗り越えるために行われるものであったようである。
一方で『万葉集』には、「言」が「事」でなかったことを言う「言にしありけり(ただの言葉だったのだ)」という表現もしばしば用いられている。一見矛盾のようにも見えるが、両者は硬貨の裏表に過ぎない。一方に「言」が必ずしも「事」ではない意識が芽生えることによって、逆に「言」には言霊が宿り、「事」によって実現するという信仰が強く意識されるようになったのである。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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