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巻第10(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第10-2038~2042

訓読

2038
逢はなくは日(け)長きものを天(あま)の川(がは)隔(へだ)ててまたや我(あ)が恋ひ居(を)らむ
2039
恋しけく日(け)長きものを逢ふべくある宵(よひ)だに君が来まさずあるらむ
2040
彦星(ひこほし)と織女(たなばたつめ)と今夜逢ふ天の川門(かはと)に波立つなゆめ
2041
秋風の吹きただよはす白雲(しらくも)は織女(たなばたつめ)の天(あま)つ領巾(ひれ)かも
2042
しばしばも相(あひ)見ぬ君を天の川 舟出(ふなで)早(はや)せよ夜(よ)の更けぬ間に

意味

〈2038〉
 逢わないできた日々は長かったのに、天の川を隔てて、また私は恋し続けることになるのだろうか。
〈2039〉
 恋しく思う日々は長かったのに、お逢いできるはずの今宵さえ、どうしてあの人はおいでにならないのだろうか。
〈2040〉
 彦星と織女星とが今夜逢う、天の川の渡りに、波よ決して立たないで。
〈2041〉
 秋風が吹き漂わせている白雲は、織女の領巾ではないでしょうか。
〈2042〉
 たびたび逢えないあなたですのに、天の川に早く舟出して下さい。夜が更ける前に。

鑑賞

 作者未詳の「七夕の歌」5首。2038の「逢はなくは」の「逢はなく」は「逢はぬ」のク語法で名詞形。逢はないことは、逢わない間は、の意。「日長きものを」は、日が長く経過しているのに。「隔ててまたや」の「また」は、また同じように。「や」は、反語的疑問。「恋ひ居らむ」は、恋い慕って過ごすのだろうか。「居り」は継続を表す補助動詞で、じっとして思いに耽る様子が浮かびます。いったん逢瀬を得た後に生じる、別離の苦しさを詠んだ歌です。

 
2039の「恋しけく」は「恋し」のク語法で名詞形。「日長きものを」の「ものを」は逆接で、日数が長く経過しているのに、の意。「逢ふべくある」は、逢えるはずの。「宵だに」の「だに」は、~さえ、~だけでも。「来まさず」の「来ます」は「来る」の尊敬語。「あるらむ」の「らむ」は現在の事態に対する推量・原因の推量で、なぜ来ないのだろうか(いや、来るはずなのに)という強い不審や嘆きが込められています。7日の夜、織女が、彦星の来ることの遅いのを恨んでいる歌です。

 
2040の「川門」は、川の流れが門のように狭くなっている所。「波立つなゆめ」の「な」は禁止の副詞、「ゆめ」は決して、ゆめゆめ、という強い否定を伴う言葉で、絶対に波が立ってくれるなという切実な祈りが込められています。前歌までの「逢へぬ恋」と対照的な成就の瞬間を表している歌で、第三者の視点から二人の再会を祝福し、守ろうとする「ことほぎ」の精神が感じられます。

 
2041の「吹きただよはす」は、風が雲を空にふわふわと浮かべ、動かしている様子を表現したもの。「天つ」は、天の。「領巾」は、女性が肩にかける長いショールのような布。神や巫女が用いる霊的な衣装でもあり、天上的・神聖なイメージを伴うもので、白雲をそれに見立てています。「かも」は、感動や詠嘆を伴う疑問の終助詞。〜なのだろうか(なあ)という、見立ての美しさに心動かされている様子を表します。七夕の物語を直接語るのではなく、その余韻を自然景物の中に読み込み、天上の恋の気配を静かに感じ取っている歌です。

 
2042の「しばしばも」は、たびたびは、頻繁には。「相見ぬ」は、互いに逢わないこと。「舟出早せよ」は、牽牛に呼びかけた形で、命令形による祈願表現。「夜の更けぬ間に」は、夜が更けてしまわないうちに。彦星を待つ織女の心を詠んだもので、情熱的なさまが想像されています。「しばしばも相見ぬ」という冒頭で恋の不自由さを示し、その理由から「舟出早せよ」という直接的な命令へと展開する構成が明快と評されます。
 


七夕歌について

 中国に生まれた「七夕伝説」が、いつごろ日本に伝来したかは不明ですが、上代の人々の心を強くとらえたらしく、『万葉集』に「七夕」と題する歌が133首収められています。それらを挙げると次のようになります。

巻第8
山上憶良 12首(1518~1529)
湯原王 2首(1544~1545)
市原王 1首(1546)
巻第9
間人宿祢 1首(1686)
藤原房前 2首(1764~1756)
巻第10
人麻呂歌集 38首(1996~2033)
作者未詳 60首(2034~2093)
巻第15
柿本人麻呂 1首(3611)
遣新羅使人 3首(3656~3658)
巻第17
大伴家持 1首(3900)
巻第18
大伴家持 3首
 (4125~4127)
巻第19
大伴家持 1首(4163)
巻第20
大伴家持 8首(4306~4313) 

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