| 訓読 |
2048
天の川(がは)川門(かはと)に立ちて我(わ)が恋ひし君来ますなり紐(ひも)解き待たむ
2049
天の川(がは)川門(かはと)に居(を)りて年月(としつき)を恋ひ来(こ)し君に今夜(こよひ)逢へるかも
2050
明日よりは我(わ)が玉床(たまどこ)をうち掃(はら)ひ君と寐寝(いね)ずてひとりかも寝む
2051
天の原行きて射(い)てむと白真弓(しらまゆみ)引きて隠れる月人壮士(つきひとをとこ)
2052
この夕(ゆふへ)降りくる雨は彦星(ひこほし)の早や漕ぐ舟の櫂(かい)の散りかも
| 意味 |
〈2048〉
天の川の舟着き場に立って、私の恋しいあなたがやってくるのを、下紐を解いてお待ちしましょう。
〈2049〉
天の川の舟着き場に立ち、一年もの長い月日を恋い焦がれてきたあなた、そのあなたにやっと今夜お逢いできました。
〈2050〉
明日からは、この私たちの寝床をきれいにしても、あなたとは寝られず、ひとり寂しく寝ることになるのだろうか。
〈2051〉
天の原に出かけて獲物を射止めようと、白真弓で矢をつがえたまま隠れている、月人壮士よ。
〈2052〉
この夕べに降る雨は、彦星が急いで漕いでいる舟の、櫂のしずくが散っているのだろうか。
| 鑑賞 |
作者未詳の「七夕の歌」5首。2048~2050は、織女の立場の歌。2048の「川門」は、川の流れが門のように狭くなっている所。ここでは船着き場のこと。「来ますなり」の「ます」は、尊敬。「紐解き待たむ」は、下着(肌着)の紐を解いて待とう。本来、紐を解くのは部屋に入ってからで、その後に共寝するわけですが、織女は待ちきれず、川で牽牛を待っている間に紐を解くと言っています。あまりのことですので、ひょっとして「笑わせ歌」だったかもしれません。窪田空穂は、「巻8(1518)山上憶良の、『養老八年七月七日、令に応ず』と注のある、『天の河相向き立ちて吾が恋ひし君来ますなり紐解き設けな』と同じ歌で、いささかの流動の跡を示しているものである。平明と露骨を喜ぶ宴席などで誰かが謡ったのであろう」と述べています。ことさように、巻第10の七夕歌に登場する織女は、かなり積極的な女性として描かれています。
2049の「居りて」はその場に居続けてきた意で、長い待機を暗示しています。「年月を」は、長い間を、一年間を。「恋ひ来し」は、ずっと恋い慕ってきた。「来」は、過去から現在までの継続を表す助動詞的な表現。「今夜逢へるかも」の「かも」は、詠嘆・感動の助動詞で、再会の現実化への驚きと喜びが込められています。
2050は、7日の夜明けに織女が言っている歌。「我が玉床」の「我が」は、我らの意。「玉床」の「玉」は、床を褒める美称。「うち掃ひ」は、床の塵を袖などで払う意で、浄めて大切にすること。夫が寝た床であることから尊んで言っています。「君と寐寝ずて」の「ずて」は打消の接続助詞で、共に寝ることなく、の意。「ひとりかも寝む」の「かも」は、疑問の係助詞。「寝む」は、その結びで連体形。成就した恋の余韻の中に、すでに別離の予感を織り込んだ歌であり、前歌で「今夜逢へるかも」と歓喜が詠まれたのに対し、ここではその翌日以降の孤独が見据えられています。また、「掃ひ」という日常的動作を用いることで、神話的な七夕の恋を現実的で人間的な感情の次元へ引き戻している点が注目されます。
2051の「天の原」は、大空を原野に見立てた表現で、『万葉集』に頻出する語。「行きて射てむと」の原文「徃射跡」で、ユキテヤイルト、ユキテイナムト、ユキテヲイムト、イユキテイムトなどと訓むものもあります。「白真弓」は、白木の弓。「引きて隠れる」は、弓を射ようと引き絞って隠れる。月が雲に隠れる様子を巧みに言い換えたもの。「月人壮士」は、月を擬人化したもの。折から上弦の月が低く現れ、薄雲に覆われたのを、月人壮士の白真弓に見立てて、空に向かって射ようとしていると見ています。七夕には直接関係のない歌です。
2052の「この夕」は、七夕の夜。「櫂の散りかも」の「櫂」は、舟を漕ぎ進める道具。「楫」とは違い、小型の舟に固定せず用いるもの。「散り」は、漕ぐ櫂によって起こる飛沫。それが霧となり、さらに雨となって地上に落ちて来るという考えに立っているものです。雨は本来、逢会を妨げる存在として詠まれることも多いのですが、本歌では逆に、逢会へと急ぐ行為の結果として肯定的に捉えられています。美しい連想であり、『伊勢物語』の「我が上に露ぞ置くなる天の川と渡る船の櫂の雫か」は、この歌に拠っています。

あめ・あま(天・雨・海人)
アメには、「天」「雨」の字があてられる。両者は、母音交替形がアメとなることでも共通しており、語源を一つにする語であることが分かる。「天」は、神話的世界観において神々の住む天上世界をいうのが原義。後に、自然的存在としての天空をも意味するようになるが、その場合にも背後に天上世界の存在が意識されている。天空を意味する「天(あめ)」は、「地(つち:大地)」の対として「天地(あめつち)」の形で用いられることが多い。一方、神話的世界観においては、「天(あま)つ神(天上世界に属する神)」に対して、「国(くに)つ神(地上世界に属する神)」の呼称が見えており、「天」と「国」が対の関係に置かれている。
「天(あめ)」は、「天(あま)」「天(あま)の」「天(あま)つ」「天(あめ)の」などの形で様々な語に冠し、神聖な天上界のものであることを表す複合語を作る。例えば、「天(あま)の原」は天空の広がりをいう語で、『万葉集』では多く「天の原振り放(さ)け見れば」と歌われる。「振り放け見る」は遠く振り仰いで見やる意で、本来、霊的な対象と交流し招迎するための呪術であった。よって、「天の原」の語にも、「高天原」の神聖さへの讃美の意識があることが分かる。
また、「天(あめ)の下」は、都を中心として天皇が統治する秩序ある世界のことで、「天」の秩序を負い持って存在するものと考えられた。これに対して「天離(あまざか)る鄙(ひな)」という慣用的な言い回しがある。「鄙」は都を遠く離れた田舎をいう語であり、都を中心とする「天の下」に秩序を及ぼす「天(あめ)」が、「鄙」の地には存在し得ないものと考えられたために生まれた言い回しとされる。
「天(あめ)」の強い呪力を宿して「天」から降るものが、「雨」である。「雨」に「天」の意識があることは、「ひさかたの天(あめ)の時雨(しぐれ)」(巻第1-82)という表現にも表れている。「雨」には「天」の強い呪力が宿るため、濡れることは禁忌とされた。よって、男女の恋愛生活において、「雨」の降る夜に男が女のもとを訪れることは基本的に避けられた。
折口信夫によれば、古代日本において、「天」と「海」は同一視されていたという。漁撈民をいう「海人(あま)」や「海部(あまべ)」のアマと、「天」の母音交替形である「天(あま)」が同じアマの音を持つことが、その証左とされる。古代の神話的世界観では「天」と「海」が共に「国」の対とされることからも、「天」と「海」との共通性が見て取れる。古代の世界観の論理によると、「海」は遠い沖の果てで「天」の壁のそびえ立つ場所と接している。ここに、「天」と「海」とが同一視される理由があるらしい。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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