| 訓読 |
2058
年に装(よそ)ふ我(わ)が舟漕がむ天(あま)の川(がは)風は吹くとも波立つなゆめ
2059
天(あま)の川(がは)波は立つとも我(わ)が舟はいざ漕ぎ出(い)でむ夜(よ)の更(ふ)けぬ間に
2060
ただ今夜(こよひ)逢ひたる子らに言(こと)どひもいまだせずしてさ夜(よ)ぞ明けにける
2061
天(あま)の川(がは)白波(しらなみ)高し我(あ)が恋ふる君が舟出(ふなで)は今しすらしも
2062
機物(はたもの)の蹋木(ふみき)持ち行きて天(あま)の川(がは)打橋(うちはし)渡す君が来(こ)むため
| 意味 |
〈2058〉
年に一度舟装いをするこの舟をさあ漕ぎ出そう。天の川に、風が吹くことがあっても、波よ立ってくれるな、決して。
〈2059〉
天の川が波立とうとも、我が舟は、さあ、思い切って漕ぎ出そう。夜が更けないうちに。
〈2060〉
年にたった一度の今夜、やっと逢えた愛しい妻と、まだ十分言葉を交わさないうちに、夜が明けてしまった。
〈2061〉
天の川に白波が高い。私が恋い慕うあの方が、ちょうど舟出をするのだろう。
〈2062〉
機織り機の踏み木を持って行って、天の川に打橋を渡そう。あの人が渡ってこられるように。
| 鑑賞 |
作者未詳の「七夕の歌」5首。2058の「年に装ふ」の「年に」は、年に一度。「装ふ」は、舟装いをする、入念に舟の整備をする。トシニヨソフのニヨのように、尾音「i」に頭音「y」が続く場合は字余りとは見なされないものでした。「我が舟漕がむ」の「む」は意志を表し、決断の瞬間を力強く表現しています。「風は吹くとも」は、たとえ風が吹いたとしても。「とも」は逆接の仮定条件。「ゆめ」は、決して、ゆめゆめ。
2059の「波は立つとも」は、たとえ波が立っていたとしても。「いざ」は、呼びかけと決起を示す間投助詞。「漕ぎ出でむ」は、漕ぎ出そう。「夜の更けぬ間に」は、夜が深く更けてしまわないうちに。七夕の夜という限られた時間が終わってしまう前に、という意味。前歌との連作とみられ、前歌は波への願望であり、ここでは、その願望が叶わなくても舟出すると決意しています。
2060の「ただ今夜」は、たったそれだけの今夜の意。「子ら」の「ら」は、親愛の情を込めた接尾語。「言どひ」は、言葉を交わすこと、語らい。「いまだせずして」は、まだ満足にしないうちに。「さ夜」の「さ」は、接頭語。「明けにける」の「ける」は「ぞ」の係り結びで連体形。あまりの速さに呆然とする気持ちが込められています。牽牛の立場の歌であり、逢瀬の成就の後に訪れる「喪失感」を静かに描いた一首です。
2061の「白波」は、波頭が白く砕ける荒波。「君が舟出」は、あなたの舟出。「今し」の「し」は強意の副助詞で、今まさに。「すらしも」の「らし」は現在推量で、しているらしいなあ。織女の立場の歌で、天の川の波のさわぎに牽牛の舟出の気配を察しています。自然現象を「行為の兆候」として読み取る、『万葉集』特有の感応的自然観を示す一首といえますが、その分類想の多い歌ではあります。
2062の「機物」は、機織り機。「蹋木」は、機織り機の、縦糸を上下に動かすために足で踏み動かす板。2つからなり、左右の足で踏んで縦糸を交互に上下させて横糸を通します。「打橋」は、板を渡して自由に架け外しできる簡単な橋。多くの場合、通ってくる夫を迎える時に、女が渡しました。蹋木はごく短いものなので、それで打橋を渡せるわけもないのに、「それがかえってこの歌に可憐な感じを与えている」と、詩人の大岡信は言っています。織女の立場の歌。

『万葉集』クイズ
【解答】
1.雄略天皇 2.大伴家持 3.大伴坂上郎女 4.萩 5.第5巻 6.山上憶良 7.ホトトギス 8.大伴坂上大嬢 9.大伴書持 10.高橋虫麻呂
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